ベッドの隣は、昨日と違う人

第一章 やっちゃった朝

1話 やっちゃった朝




「んーーっ」

ぐーっと伸びた背中をシーツが柔らかく包んだ。
ぱち、ぱち、と瞬きをすると、見覚えのない天井。

(……あ。やば。昨日……またやっちゃったんだ)

言葉には出してないのに、胸の奥がひゅっと縮む。

隣では、拓也が落ち着いた寝息を立てていた。
昨日知り合ったばかりの人。
名前を思い出すのに、一拍かかった。

(……たく、や。うん、拓也くん)

寝顔は意外と幼い。
その顔を横目に見た瞬間、昨日“帰るね”って言えたはずなのに、自分で飲み込んだ場面がフラッシュバックした。



「みいなちゃん、もうちょっと一緒にいたい」

その言葉と同時に、拓也の指先がそっと手首をなぞった。
拒む時間さえ与えないみたいに、柔らかく、でも迷いのない動き。

「……ダメ?」

少しだけ首を傾けて覗き込んでくる。
目が近い。距離が近い。息がかかる。

(そんな顔……ずるいよ)

ほんの少し迷ってる、みいなの気配を読むみたいに、拓也が一歩だけ近づく。

次の瞬間、腕を引かれて、胸の前でそっと抱き寄せられた。

驚くほど優しい強さだった。
逃げ道が消えるくらい自然で、でも押しつけられる感じじゃない。

「……もうちょい、こうさせて」

低く落ちる声が、耳のすぐそばで震える。

みいなが息を呑む間に、拓也の指が頬に触れた。
躊躇なんてなく、でも乱暴じゃなくて……
“迷ってるなら、俺が決めるよ” とでも言うみたいな温度。

そして──
唇がそっと触れてきた。

深くはない。
軽い。なのに、逃がさない。

一度触れて、そっと離れて、みいなの表情を確かめて。

「……行こ?」

甘えるみたいに囁かれたその声が、
さっきまでの迷いを溶かしていく。

(……ほんと、弱い。こういうの)

「……うん」

その返事をした瞬間、もう抗えなかった。
手を繋がれて歩き出す足音が、夜に吸い込まれていったのだった。





──身体を起こすと、シーツが肌にまとわりつく感じが妙にリアルだった。
どこかに“昨日の名残り”がある気がして、余計に落ち着かない。

「ん……おはよ」

拓也がゆっくり目を開けた。
みいなは反射的に笑顔を作る。癖だ。

「今、何時……?」

「7時。そろそろ起きなきゃだね」

「あ、うん……。みいなちゃん何時から?」

「9時半。拓也くんは?」

「俺9時。先シャワー浴びてくるね?」

「……うん」

彼が立ち上がると、温度が一段下がったみたいに部屋が静かになる。

ドアが閉まる。
湯が落ちる音だけが続く。

(……ほんとに、まただよ)

枕元に落ちているネックレス。
昨日つけてたやつ。
こんな風に外れてるのを見るのも、なんか……慣れちゃってるのが腹立つ。

“好き”ってわけじゃない。
“付き合う気ある?”って聞かれても困る。

ただ――
優しくされて、求められて、あの瞬間だけは「わたしでもいいんだ」って思えてしまう。

それが、一番やっかい。

シャワーの音が止むと、みいなは慌てて顔を整えて、適当な笑顔を貼る。

「どうしたの?」

バスルームから出てきた拓也が首を傾げる。

「ううん、なんでもない。
わたしも……シャワー行ってくるね」

視線がぶつかると、胸がざわつく。
嫌いじゃない。むしろ、ちょっと嬉しい。
だから余計に、ダメなんだ。

バスルームへ向かう背中に、昨日の熱がうっすら残っている気がした。

(……ほんと、直したいのに)

自分で扉を閉めながら、みいなは小さく息を吐いた。

――また今日も、“やめられない自分”と向き合うことになる。


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