ベッドの隣は、昨日と違う人
2話 ノーマルモードな朝ごはん





バスルームを出ると、拓也はベッドの端に腰をかけ、テレビのリモコンを片手に朝食メニューをスクロールしていた。

「みいなちゃん、朝メシなんか食べる?
一緒に出て外で食べてもいいけど……女の子は準備に時間かかるもんな」

軽く笑いながら言う声が、やけに普通の日常みたいで。
その“普通っぽさ”がかえって胸の奥をくすぐって嫌だった。

「うん……ありがと。
じゃあ、それ……鮭定食にする」

自分の声が思ったより明るくて、ちょっとだけ自分に呆れる。

「俺はホットサンドかなー。
準備してる間に来るよ」

「うん、じゃあ準備しとく」

鏡の前に立つと、知らない部屋の照明が肌の色を少し白く見せた。
“こういう朝、何回目だろう”
そんな考えが一瞬よぎって、みいなは胸の奥でそっと押しつぶす。


化粧ポーチを開いた瞬間、また別の記憶がよみがえる。
前のホテルは照明が黄色くてメイクが濃く見えたとか、ヘアアイロンが使いにくかったとか、
“比べられるくらいには慣れてる”自分に気づくたび、なんとなく笑えてしまう。

「……こういう時、わたし、ほんと強いよね」

呟きは誰にも届かない。
ささっとファンデとチークをのせて、まつエクと眉アートのおかげでこんな朝でも顔が整って見えるのがありがたかった。

仕事はマスクだし、ユニフォームもある。
最低限の顔だけ作れば、誰にもバレない。
バレるはずがない。

服を昨日のままに戻したときだけ、ほんの少しだけ胸がチクリとした。

戻ると、拓也はネクタイを締め終えたところだった。
すっかりビジネスモードの顔に切り替わっていて、さっきまで隣で寝ていた人とは思えないほど距離がある。

その瞬間──

ピンポーン。

ドアの向こうから、朝食ワゴンを知らせるチャイムが響く。

「お、ちょうど来たみたい。取ってくるわ」

「ありがとう」


拓也が立ち上がる。
足音が廊下へ消えていく。

その背中を見送りながら、みいなは胸の奥で小さく息を吐く。


……昨夜は、あんなに優しかったのに。
朝になると、みんな急に“普通の人”に戻る。

それが分かっているのに、毎回少しだけ寂しくなるのは、なんでなんだろ。


簡単な朝食セットがテーブルに並べられていく。

鮭のいい匂いがふわっと鼻をくすぐったけど、みいなの胃の奥はまだどこか重かった。

「ほら、温かいうちに食べよ」

拓也が軽い調子で言って、焼きたてのホットサンドを頬張った。

「……うん。いただきます」

並んで座ったはずなのに、距離が変に遠い。
昨日はあんなに近かったのに。

鮭を一口かじると、塩気が妙にしみて、余計に胸のあたりがざわついた。

拓也は気づいてないみたいで、スマホの通知を横目で見ながらスープを飲む。

「今日さ、ミーティング多いからダルいんだよなー。みいなちゃんは?」

「わたし?普通に予約ぎっしりかな」

「そっか。たいへんだねー」

他人事みたいな声。
昨日の「可愛い」って顔とはまるで違う。

──あー、そうだよね。
こういうもんだ。
わかってる。
わかってるのに……なんか、さみしい。

「鮭、うまい?」

「……うん。ちょうどいい味」

「よかった。
ホテルの朝飯って当たり外れあるからさ」

話題は軽いのに、胸の奥だけ重たいまま。

数分して、ふたりとも無言で食器を重ね、拓也が立ち上がった。

「じゃ、チェックアウトしよっか。
時間大丈夫?」

「大丈夫……うん」




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