ベッドの隣は、昨日と違う人

第八章 ふたりきりの温泉旅行

51話 ダブルの部屋で






温泉旅行までは、落ち着かない日々だった。

せっかくだからと美咲と一緒に新しい服を買いに行って、「絶対これ!」と、美咲と店員さんの声に押されるように決めた。
普段なら手に取らない、大人っぽい色と形のコート、インナー。

鏡の前で立ち尽くしながら、思う。
……大地、どう思うかなぁ。

ついでに、と言いながら下着売り場に引きずられて、
「どうせ見せる日来るんだから!」
そんなことを笑いながら言われて、結局ノリで新しいのも買った。

温泉でそうなるかなんて、分からない。
分からないけど――
“今後”って言葉だけが、やけに胸に残った。



そして、当日。

目覚ましが鳴るより少し早く目が覚めて、
カーテンの隙間から差し込む朝の光を、しばらくぼんやり眺めた。

身支度を整えて、鏡の前で深呼吸。
服も、髪も、いつもより少しだけ丁寧。

新幹線の改札前は、朝の空気がまだひんやりしていて、キャリーケースの音と、アナウンスが混ざり合っていた。

スマホを握りしめたまま、きょろきょろと周りを見る。

――いた。

新幹線の改札前で大地を見つけた瞬間、みいなは一瞬足を止めた。
自分と同じベージュのキャップ。視線が合った途端、胸がきゅっとなる。

ベージュのファーコートにデニム、低めの黒ヒール。
大地もデニムに黒のスニーカーで、まるで示し合わせたみたいだった。

「……なんか、お揃いみたい」

「おう。でも……みいな、可愛い」

「だ、大地も……かっこいい、よ」

互いに褒め合って、二人して照れる。

「あ……行こ。乗り遅れる」

新幹線に乗り込むと、コンビニで買ったお菓子を並べてつまんだ。

「晴れてよかったね。着いたらまず何する?」

明るく話しながらも、胸の奥は落ち着かない。

(なんか、今日は……いつもよりおしゃべりになりそう)

「宿の近くに有名な湖あるらしい。
バスですぐ行けるって」

「うん!いいね、行きたい」

車内は、終始やわらかな笑顔に包まれていた。



旅館は、思った以上に素敵なところだった。
12時からチェックインできる、というところも魅力的だった。

そしてチェックインすると、二次会で当たった部屋よりも広い部屋に案内された。
どうやら、美咲がこっそりアップグレードしてくれていたらしい。

(……嘘でしょ、美咲……)

心臓が一拍、余計に鳴った。

フロントのスタッフから、伝言があると小さな紙のメモを渡される。

✉️
みいな、お部屋UPしといたよ♡
ダ・ブ・ル♡
大地くんと楽しんでねー!
あ、お礼LINEとかいいからね。
週明けたっぷり聞くから。
がんばれー!

美咲🌸



みいなは、読みながら思わず頬が熱くなる。
大地に見られないよう、そっと胸元にしまった。

「何? 美咲ちゃん、なんて?」

「あ……楽しんでね、って」

「アップグレードなんて、粋なことするよな」

大地は少し笑って言った。

「お土産、ふたりでなんかいいの選ぼうな」

「……うん」


案内された部屋は、
窓の向こうに谷の集落と野鳥の森が広がり、テラス付きで開放感があった。
色づいた紅葉が、静かに揺れている。

「……すごい……」
「こんなとこ泊まるの、初めて……」

「俺だって。こんないいとこ……」

二人並んで景色を眺めてから、
ふと大地が視線を右にうつす。

ダブルベッド。

一瞬だけ、言葉が途切れる。

「……」

大地の喉が、小さく鳴った。
すぐに咳払いして、何事もなかったように視線を逸らす。

「なんかいい匂い、するな」

「うん、ほんと。……あ、あれじゃない?
アロマキャンドル」

みいなが指さす。

「なんか、落ち着くわ」

大地は小さく息を吐いて、
さっきより少しだけ肩の力を抜いた。



「……あっ、お茶、入れるね」

そう言って、みいなが振り返る。

「テラスで飲まない?」

「おお、サンキュ」

大地はほっとしたように頷き、
先にテラスのほうへ歩いていった。

みいなは背中を見送りながら、
胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。

(……やっぱり、大地も)

──わたしと、同じ……なんだ。




小さなパントリーコーナーには、布でできたおしゃれな紅茶のティーパック。
箱に入った、キャラメルガナッシュでコーティングされたショコラバー。


トレイに乗せてテラスへ運ぶと、大地はすでに椅子に腰を下ろして、景色を眺めていた。

「大地、お待たせ」

「わ、すげぇ。うまそうなチョコ」

「部屋に置いてあったの。
すごいよね。一緒に食べよ?」

「あー……なんか、もう満足だな」

「ほんとだね」

みいなも笑う。

「でも、これから行く湖も楽しみ」

「だな」

昼の光と、甘い香りと、静かな風。
まだ何も始まっていないのに、
もう十分に満たされている気がしていた。





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