ベッドの隣は、昨日と違う人

◆アフターストーリー◆ 〜 温泉旅行のその後に 〜

温泉の余韻、月曜日







みいなが温泉旅行から帰った翌朝、月曜日。

ロッカーで着替えていると、美咲が勢いよく入ってきた。

「おはよぉ~~みいなぁ~」

声のトーンが、どう考えても普通じゃない。
にやにやしているのを、隠す気もなさそうだ。

「……おはよう、美咲」

みいなは苦笑しながら答える。

「宿、本当に素敵だった。
お部屋、アップグレード……本当にありがとね」

「うんうん、いいってことよ」

美咲はロッカーを開けながら、振り返った。

「だってさぁ、みいなと大地くんが当たったんなら、もうこれはって思うじゃん?」

「あはは……でも、ツインで予約してたのに……ダブルに変えたでしょ」

「えー?」

美咲は肩をすくめて、軽く笑う。

「アップグレードで問い合わせたら、ツインで予約されてますって言うんだもん。
だったら、これはもうひと肌脱がなきゃ、って思ってさぁ」

「もぉ……美咲ってば……」

「はいはい」

美咲は一歩近づいて、少しだけ声を落とす。

「で?」

「……で、って」

「もう。分かってるでしょ」

みいなは一瞬だけ視線を逸らしてから、照れたように小さく笑った。


「……ちゃんと、話したよ」

「ほぉ~?」

「……ちゃんと、気持ちも」

その一言で、美咲の目が一気に輝く。

「はぁ~~~!やっぱり!」

思わず声が大きくなって、慌てて口を押さえる。

「……やば。ここロッカーだった。
ごめんごめん。でもさ」

美咲は満足そうに腕を組んだ。

「それ聞けただけで、今日1日頑張れるわ」

「それは大げさ」

「大げさじゃないって。はい決定」

ロッカーから出ながら、振り返って言う。

「さぁ、今日もお昼、外に行くよ」

「……だよね」

「たっぷり聞かせてもらうから」

みいなは小さくため息をついてから、でも少しだけ楽しそうに笑った。

「……そのつもりだよ」

「よろしい」

美咲は満足そうに頷く。

「さ、じゃー、午前中がんばりますかぁー」

「うん、がんばろっ」

仕事に戻る足取りは、いつもと同じはずなのに。
胸の奥だけが、まだ温泉の余韻みたいに、あたたかかった。






──お昼休み。

注文したパスタを待ちながら、美咲がフォークを置いた。

「で?」

一言だけ。
でも、目がもう全部わかってる。

「あ、えーと……昼間は湖行って、写真撮ったり、ボート乗ったり……
お部屋でくつろいだり……普通だったんだけど」

「うんうん」

頷きが早い。

「晩ご飯食べ終わってね……
帰り、ちょっとよろけちゃって」

みいなは、指先を軽く絡めながら続ける。

「大地が、受け止めてくれて」

「うんうん」

「そこから……初めて、手、つないだ」

「きゃー!いいじゃん!」

思わず声が上がって、慌てて口を押さえる。

「で?そのあと?」

「……部屋に戻って、手つないだまま
“間違いない、みいなが好きだ”って……言ってくれて」

美咲の目が一段と輝く。

「で?」

「わたしも、好きって言った」

「うんうん、そのまま?」

「……抱きしめられて」

「うんうん!」

身を乗り出す美咲。

「……そのあと、大浴場行った」

「……へ?」

ちょうどそのタイミングで、店員の声が入る。

「お待たせしました。日替わりパスタの方~」

「あ、はい」

皿が置かれても、美咲の視線は離れない。

「え?それでそれで?」

「うん、お風呂のあと、夜鳴きそば食べて……
二人で並んで歯、磨いて」

「……!」

「で、ベッドに腰掛けてたらね」

美咲はもう、フォークを持つ手を止めている。

「うんうん」

「大地も横に座ってきて……
キス、された」

「で、そ・の・あ・と、ついに?♡」

「……ううん」

「えっ?」

「“今日はこのままで満足だ”って。
勢いで壊したくないって」

一瞬、間が空く。

「わたしも……もう十分だったし」

「……」

「ふたりで、手つないで、寝た」

美咲は一拍置いてから、ふぅっと息を吐いた。

「……うわぁ」

「逆に……めっちゃいい……」

「いいじゃん、みいな」

少しトーンを落として、しみじみ。

「なんもしてなくても、もう幸せなやつじゃん、それ」

「えへへ……そう、かな……」

パスタを食べ終えた頃、みいなは紙袋を差し出した。

「美咲、これ、お土産。ふたりで選んだの」

「わぁ!このお菓子、あそこの有名なやつじゃん!」

中を覗いて、さらに声が弾む。

「んで、これは……アロマキャンドル?
なにこれ、おしゃれ!」

「それね、お部屋でも使われてて……
結局、わたしたちも1個ずつ買っちゃった」

「3人でお揃い?」

「あはは……まぁ、そうだね」

「ありがと」

それから少し間を置いて、みいなが言う。

「こっちこそ……
二次会でこれ当たったから、ふたりで温泉行くことになったし。
そもそも、同伴お願いしたのも……」

「だから、なんか……
全部美咲のおかげな気がする。
本当にありがとう」

「ううん」

美咲は即答だった。

「わたしのそれがなくても、
ふたり……いずれ付き合ってたと思うよ」

「ちょっと早まっただけ」

「……そうかな」

「そう」

間髪入れず。

「で、次は?いつ会うの?」

「えっと……今週末。
“ゆっくりうち、こない?”って」

「じゃあ、今度こそってやつだね」

「……そうかも」

みいなは少し考えてから、静かに言った。

「でも、もう……どうしたらいいか、って感じでもなくて」

「自然に、そうなったらいいなって」

「……そっか」



美咲はそれ以上、踏み込まずににっと笑った。
からかうでも、深掘りするでもなく、
「分かってるよ」って顔。

「でもさ」

少しだけ身を乗り出す。

「また、聞かせてよ?週明け」

目が合って、みいなは小さく息を吐いた。

「……うん」

少し照れたように笑ってから、素直に言う。

「もう、美咲には全部話すから」

美咲は満足そうに頷いた。

「あはっ。うん、じゃあ……戻ろっか」

立ち上がりながら、時計を見る。

「わっ、午後の診療、やばいわ」

「ほんとだ……」

二人して慌てて上着を着て立ち上がる。
さっきまでの甘い余韻を、現実の忙しさに押し戻されていく。

「ほら、走るよー」

「待って、美咲、早いってー!」

「患者さん待たせたら大変だよっ」

軽口を叩き合いながら、小走りでクリニックまで走った。

バタバタと、でもどこか軽やかに。
それぞれの持ち場へと戻っていくふたりだった。





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