君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
「氷室奏汰です。お会いできて光栄です」

 兄の紹介を受け、彼はゆっくりと口を開いた。その声は、あの夜、耳元で低く囁かれたそれとまったく同じだった。
 落ち着いた所作とは裏腹に、奏汰の目は鋭く晴菜を捉えていた。まるで、逃がす気など一切ない、と静かに告げているようで――胸の奥がざわりと震えた。

「姪の晴菜どす。前にも言うたけど、東京でバーテンダーしてますの。ほら、晴菜ちゃん」
「あ……その、衣笠(きぬがさ)晴菜、です。今日は……よろしくお願いします」

 晴菜は華子に促されなんとか声を出して会釈するものの、舌が少しもつれた。身体の前で組んだ指先が冷たい。心臓の音が、耳の奥で痛いほど響く。

「お父様の剛士(たかし)さんが年始に引退しはって、それで息子さん達が酒造を継ぎはったんよ」
「福寿さんとは祖父の代からのお付き合いだと聞いております。改めまして、弟にこのようなご縁をいただけ嬉しく思います」
「そう言わはってもらえて嬉しいわぁ。今日はよろしゅう頼んます」

 華子はにこやかに笑った。その隣で、晴菜もぎこちなく頭を下げるが、頭の中は、「なぜ」という疑問で埋め尽くされていた。

 ――よりによって、この人が? お見合い相手……?

 自分でも信じられないほど冷たくなった指先を、晴菜は必死に組み直した。薄緑の振袖の袖が小さく揺れる。その揺れが、逆に落ち着きのなさを浮き彫りにしているように思えて、余計に息が詰まった。
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