君を酔わせるまで離さない〜ワンナイトのはずが絶倫すぎる俺様副社長に本気で囲われています〜
 言葉の意味が、頭の中で噛み合わない。あまりの衝撃に、晴菜は一瞬呼吸を忘れてしまう。

 ――こん……やく?

 婚約。晴菜が知る限り、その言葉の意味はたったひとつしかない。
 言葉の音だけが頭の中で空回りする。胸の奥がひやりと冷え、指先が痺れた。信じていた場所が音もなく崩れていく感覚に、晴菜は思わず畳の上で手のひらを握り締めた。
 麗奈の言葉に、奏汰が肩を揺らし当惑した気配をみせる。

「は? あの話は――」
「『白紙』なんて、一度も言ってないでしょう」
「いや、穂乃果(ほのか)が好きな男がいると言って、流れたはずだ」
「流れた、ですって?」

 麗奈は扇子を乾いた音を立てて軽く閉じた。その仕草ひとつで、室内の温度が下がったように感じられた。

「あなた、まだそんな甘い認識でいるのね。縁談は保留になっただけですわよ」
「……言葉遊びはやめてくれ。兄は確実に流れたと言っていた、だから彼女との見合いが進んだんだ」
「言葉遊び? これは現実よ、奏汰」

 麗奈は一歩、畳を踏みしめて距離を詰めた。ギシリ、と古い畳が鈍い悲鳴を上げる。

「穂乃果は確かに、想っている相手がいると言いました。でもその男、時東と釣り合う後ろ盾を持っていないの。聞けば、会社勤めをしながら趣味でカメラをしているサラリーマンなのだそうよ」

 麗奈は吐き捨てるように言い、薄い唇を冷酷に歪めた。その口調には、自らとは異なる階層の人間に対する徹底的な蔑みが透けて見える。

「彼女が選んだ相手ならそれでいいでしょう」
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