社長令嬢の私が恋したのは、清掃員でした

1.青山通りで出会った、謎の清掃員

 ”カシャ、カシャ”

 スタジオに、
 シャッター音が小気味よく跳ねる。

  「エリカちゃん、いい。
  そのまま——視線だけ、少し左」

 モニターを見つめながら、
 三条友梨は淡々と指示を出した。

 ここは都内、
 青山通り沿いの撮影スタジオ。
 来年の春・夏コレクションに向けた、
 新作モデルの撮影会だ。

 友梨は、
 このアパレルブランドのマネージャー。
 二十五歳。
 そして——
 大手繊維メーカー社長の娘でもある。

 子会社の現場を預かるマネージャーに
 “抜擢”されたとき、
 周囲がどんな顔をしたか、
 友梨は忘れていない。

 陰で何を言われているかも、
 だいたい察しがつく。

 それでも、
 現場では一度も揺らがなかった。

 「次、立ち位置変えます。
  背景、もう少し抜きたいので」

 年上のスタッフたちが、自然に動く。
 友梨の声には、
 背伸びも、無理もない。

 その横で、秘書の高橋澪が、
 静かに時計を確認していた。

 「友梨さん。だいぶ押してます。
  明日もありますし、今日は
  この辺で切り上げたほうが…」

 「ありがとう、澪。
  ——じゃあ、ここまで。
       お疲れさまでした」

 パチン!、と空気が切り替わる。

 スタッフが散り、ライトが落ち、
 スタジオの熱だけが残る。
 (今日も、なんとか回った)

 そう思えた頃には、外はもう深夜だった。

  「澪、お疲れさま。
   先に帰っていいよ」

  「友梨さんも、気をつけて。
   タクシー、呼びます?」

  「大丈夫。すぐそこだし」

 口ではそう言ったが、
 青山通りの深夜は、やっぱり少し怖い。
 ヒールの音を殺すように、
 友梨は早足で歩いた。
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