婚活嫌いのパイロットは約束妻に恋をする
「ありがとうございます。でもせめて代金は支払わせてください」


「いいえ、こちらもご迷惑をおかけしていますから。どうしてもとおっしゃるなら、また来店していただけましたら嬉しいです」


やんわり微笑んで引き下がらない母に、向さんは困ったような表情を浮かべ再び礼を述べた。

そのとき、来店客のひとりがアイスコーヒーをテーブルに盛大にこぼしてしまい、母は向さんに挨拶をして対応に向かった。

私は向さんを見送るため、ドアを開けて一緒に店外に出た。

その瞬間、向さんが私を背に庇い、首を少し私の方へ動かしてささやいた。


「視線を上げずに、店内に戻ってください」


「えっ……?」


突然の指示に戸惑いながら、急いで視線を下に向けた。

彼が早足で私から離れていく。

なにかあったのだろうか。

店に戻るよう言われたが、彼が心配で即座に動けずにいた。

うつむいたままなので詳細はわからない。

母に伝えようかと考えていたところ、私の視界に男性の靴が目に入った。


「店に戻るように言ったはずですが……もう顔を上げて大丈夫です」


声をかけられて視線を上に向ければ、困惑した表情の向さんと目が合った。
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