それは、誰にもわからない。
馬鹿なあなたが羨ましい - 深谷水月


「理解し難い」という事柄や物事は、この世の中に溢れている。



深谷水月の場合、今最も「理解し難い」と思うのは、クラスメイトの濱田葵だった。


彼女は一言で言うと…馬鹿だ。

決して悪口ではなく、ただ勉強ができないだけ。


そして、彼女は…「空気が読めない」。


「ねぇ、葵もそう思うよね?」
「えぇ?私はそう思わない!ってかさ〜」


私だったら、絶対にそんな回答はしない、というような。


たった一秒で返答をしろと言われても、絶対に出てこない言葉を彼女は平然と言う。


悪意はないのだと分かっていながらも、愛嬌だとか性格だとか、そんな言葉で片付けられないくらい、悪びれもなく発言をする。


その言葉のチョイスが不快なわけじゃない、…と言ったら嘘にはなるのだが、ただ水月は“空気を読む”ことが上手いと自覚しているからこそ、心の底から葵の思考回路が理解できないだけである。



でも不思議と、彼女は楽しそうだった。




それが、水月は羨ましかった。



運動も勉強もできないくせに、いつも楽しそうに、嬉しそうに笑っていて。

給食じゃんけんに一喜一憂し、授業は隣の席の子と喋って。



「べつに、…羨ましく、ないか」


部屋の扉を閉め切って勉強してると、時々虚しくなることがある。


机に散らばる問題集。


『みずって頭いいよね』『なんでいつも100点なの?』『英語得意とかうらやましー!マジで何言ってるかわからないもん!』


───勉強したからに、決まってんじゃんね。



中学受験はしない。

自分のやりたい勉強だけする。

学校の勉強は、授業だけで充分理解できる。



「水月、ご飯できたよ」


シャーペンに力を込めて数式を書き連ねると、ぽきっと鉛色の粉を散らし芯が折れた。


「うん、ありがとう」


父がまだ帰ってきていないのを確認してから、音を立てずに皿を運んだ。
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