ぼろきれマイアと滅妖の聖騎士

 「……奴らはなんと言ってきている」

 白い甲冑。
 金と黒の重厚な装飾が施されているその装備は、この国において最も精強な騎士にのみ与えられるものであり、また聖騎士団としての誇りの象徴ともなっている。
 王宮の騎士棟、要塞としても機能するその建物の一室に集まっている五名の男の全員がそれを身に着け、ただ、誇りとは縁遠い表情をつくっているのだ。
 俯く者、奥歯を噛むように悔恨の色を浮かべる者。

 「……王を救いたければ、生贄を出せ、と」
 「ふざけるな!」

 男の一人が壁を叩く。堅固な石積みの壁はその衝撃で揺れ、一部が剥離してぱらぱらと落ちた。

 「生贄だと! 妖魔どもめ、まだ人々の魂を喰い足りぬというのか! いったい何人を要求している、千か、二千か!」
 「……ひとり、だ」

 答えた細身の男に全員が振り向く。

 「……ひとり、だと……?」
 「ああ。その代わり、我ら聖騎士団のひとりを差し出せ、と言ってきた。刻限は明後日の朝、東部の教会不在地域にひとりで来い、と」
 
 妖魔。王宮の聖職者たちは彼らをそう呼んだ。
 古典では悪魔とも邪霊とも表現されるその存在は、時には病として、時には実体化して人々を襲った。襲われた者は魂を喰われる。喰われれば、現世と彼岸の境界に彷徨うこととなる。

 これに対抗したのが王宮の神殿、そして聖騎士団である。聖職者たちは祈りと法術で闇に潜むものを祓い、聖騎士たちは市民の眠る深夜に人知れず妖魔を斬った。その身命を厭わぬ努力と犠牲によって妖魔を退ける方法が確立され、世界はようやく平穏を享受した。

 が、五年前にその平穏が終了する。時の司教が身罷ったのだ。同時に折悪しく、疫病が流行した。そして妖魔はこの疫病と一体化することを覚え、あらゆる場所に侵入し、人々の命を奪い、魂を喰らった。
 王宮も必死に抵抗したが、疫病の強さが優った。姿を現して聖騎士と戦うことを避けた妖魔はついに王宮内部に侵入することに成功し、王を瀕死の状態に陥れ、あわせて聖職者と聖騎士団の九割を喰った。

 いま動ける聖騎士は、わずかに五名。
 その全員がここに参集し、ついに王の喉元まで手を伸ばした妖魔たちからの最後通告の扱いについて決そうとしている。

 「……俺が行く」

 もっとも身体の大きい男がそう言い、戸口に向かって歩き出した。が、壁際にいた男が手を上げて止める。

 「いや、貴様は退魔術に優れている。神殿の影響力が弱まったいま、妖魔を封じるためには貴様の力が必要だ。俺が行く」

 すると別の男も声を上げる。

 「なら、俺だ。奴らの狙いは俺たちをいたぶることだ。俺は痛みに強い。後は頼んだぞ」
 「馬鹿を言え、貴様には妻も娘もいる」
 「お前にだって老いた両親がいるだろう。騎士の妻はいつでも覚悟しているものだ」
 「まて、それならば……」

 と、その時。がん、と足を踏み鳴らし、男たちの声を止めた者がいる。
 窓際で壁に背を預け、遠い山嶺に隠れかけた太陽と紅い街を見下ろしていたその男は、顔をゆっくりと室内に振り向けた。照らされる残照に輝く白金の髪は荒々しく散らされ、塑像のように鋭角に刻み込まれた頬骨にかかっている。額に残る傷と身のこなしが、彼があらゆる戦場を潜り抜けてきた本物の戦士であることを雄弁に語っている。

 「俺が行くぞ。文句はあるまい」

 聖騎士たちを睨みつけ、だが彼は、わずかに口角を上げてみせた。
 
 「貴様らは良い騎士だ。技を伝え、王を支え、人々の希望になれる。だが俺は、闘うことしかできねえ。いうなれば、妖魔の仲間みてえなもんだ。だから行く」
 「……レヴィン団長」
 「団長がいなきゃ、聖騎士団じゃない。残ってください。俺らが行きます」
 「ふん。こういう時はな、上司を立てるもんだ」

 男、第三十五代聖騎士団団長、レヴィン・スリアディネスは、そう言って大きな笑顔を浮かべてみせた。
 その笑顔は、彼が心から信じた、自分の背中を預け続けた仲間たちへの置き土産のつもりだったのだ。


 ◇◇◇
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