ぼろきれマイアと滅妖の聖騎士
第二話 東の丘で
マイアの朝はいつも早い。
占いくらいしか現金収入がなく、半ば自給自足の彼女は、早朝から森できのこなり果実を集めるのが日課なのである。
ただ、それにしても今朝は早かった。
彼女は昨日、ほとんど眠っていない。
眠れなかったのだ。
マイアはいま、歩きながらすでに妄想を展開している。
あの若手の人かな。あの渋い俳優さんかな。あのかっこいい長髪の人かな。だれがわたしのところ、来てくれるんだろう。
昨日、当たりくじを抱きしめた彼女に、劇団長は当選を祝いつつ言ったのだ。
明日の朝、あの山に太陽が昇り切った頃、東の丘に俳優を立たせます。誰がゆくかはお楽しみ。あなたもその頃、いらしてください。そこから夕方、陽が沈むまでが、あなたがた二人だけの世界ですよ……。
その朝が、いま、これからなのだ。
まだ山際に太陽は上りきっていない。が、間もなくだろう。
マイアはふだん、ほとんど村の者と話さない。嫌われている、というより、距離がある。マイアがまだ上手に話しかけられないのもあるし、村の者もどう接してよいか戸惑っている様子でもある。
だから、マイアにとって誰かと親しく話せるということは、もうそれだけで事件であり、奇跡であり、祭事なのだ。まして相手は見目麗しい俳優。興奮するなというほうが無理がある。
化粧道具などはないから、昨夜はとりあえずなんども冷水で顔を洗い、身体を拭い、しまいには頭から水をかぶった。もはや水ごりである。今朝も同様の行動をとり、ふたつだけの装束のうち上等の方を選び、小屋を出て今に至る。
時間はずいぶん早いのだが、森の中で歩き回って時刻を待とうと思っていた。その方が気がまぎれると考えたのだ。
もう、森を五周もしたろうか。
途中、森の南端あたりでうるさい虫の集団に出会って、彼女はぎゃあと叫びながら追い払った。気持ち悪いのもあるが、今日の重大事を邪魔すること許さじという決意に彼女の瞳は燃えていたのである。
木立の隙間から山を見上げる。
もう太陽が少し顔を出している。
……時間だ。
彼女はごくりと唾を呑みこみ、東の丘に向けて足を速めた。
占いくらいしか現金収入がなく、半ば自給自足の彼女は、早朝から森できのこなり果実を集めるのが日課なのである。
ただ、それにしても今朝は早かった。
彼女は昨日、ほとんど眠っていない。
眠れなかったのだ。
マイアはいま、歩きながらすでに妄想を展開している。
あの若手の人かな。あの渋い俳優さんかな。あのかっこいい長髪の人かな。だれがわたしのところ、来てくれるんだろう。
昨日、当たりくじを抱きしめた彼女に、劇団長は当選を祝いつつ言ったのだ。
明日の朝、あの山に太陽が昇り切った頃、東の丘に俳優を立たせます。誰がゆくかはお楽しみ。あなたもその頃、いらしてください。そこから夕方、陽が沈むまでが、あなたがた二人だけの世界ですよ……。
その朝が、いま、これからなのだ。
まだ山際に太陽は上りきっていない。が、間もなくだろう。
マイアはふだん、ほとんど村の者と話さない。嫌われている、というより、距離がある。マイアがまだ上手に話しかけられないのもあるし、村の者もどう接してよいか戸惑っている様子でもある。
だから、マイアにとって誰かと親しく話せるということは、もうそれだけで事件であり、奇跡であり、祭事なのだ。まして相手は見目麗しい俳優。興奮するなというほうが無理がある。
化粧道具などはないから、昨夜はとりあえずなんども冷水で顔を洗い、身体を拭い、しまいには頭から水をかぶった。もはや水ごりである。今朝も同様の行動をとり、ふたつだけの装束のうち上等の方を選び、小屋を出て今に至る。
時間はずいぶん早いのだが、森の中で歩き回って時刻を待とうと思っていた。その方が気がまぎれると考えたのだ。
もう、森を五周もしたろうか。
途中、森の南端あたりでうるさい虫の集団に出会って、彼女はぎゃあと叫びながら追い払った。気持ち悪いのもあるが、今日の重大事を邪魔すること許さじという決意に彼女の瞳は燃えていたのである。
木立の隙間から山を見上げる。
もう太陽が少し顔を出している。
……時間だ。
彼女はごくりと唾を呑みこみ、東の丘に向けて足を速めた。