ぼろきれマイアと滅妖の聖騎士
その時、白の騎士が隣に腰を下ろした。
マイアのほうをちらと見て、遠く山稜に目をやり、ひとつ息を吐く。
「……約束は、守ってくれるのだろうな」
騎士はたしかに、そう言った。
マイアは膝から顔を上げ、目を瞬かせながら騎士の顔を見る。あまりの美麗に直視ができずにすぐに横を向き、高鳴る心臓を押えながら考える。
約束? なんだろう? しばらく考えてひとつの可能性にたどり着く。
以前にマイアは、劇団の昼食に手を出した。
二日間、草の露しか口にしていなかった日。ふと劇団の天幕の横を通ると、香ばしい匂い。昼食の肉を焼いていたのだ。露天のテーブルに並べられたそれをマイアは無意識に失敬し、即座に捕縛された。彼女の動作は他人の倍の時間をかけてなされるためである。
泣いて謝るマイアに劇団の者は言った。もう、するんじゃないよ。欲しくなったら言ってね、ちゃんと代わりのものを分けてあげるから。
このことしかない。劇団の者に約束と言われるのであれば。
「……もう、手は出しません」
「……確かか」
重ねて言われ、マイアは相手の顔をきっと見返した。
「出しません。約束は守ります。代わりのものをもらえることがわかったから」
そう言うと、騎士は息を呑むような表情をし、それから頷いた。頷いたまま顔を上げず、しばらく足元の下草を見ている。それでもやがて、絞り出すように小さな声を出した。
「……なにをすればいい」
マイアはそこに至り、相手の俳優さんに何を頼むかをまったく考えていなかったことに思い至った。心臓の鼓動が加速する。まずい。なにか言わなければ。
そうした窮地においては、誰もが自らの根底をさらけ出すことになる。心の深層に思い描いていた性癖を露出することになる。
マイアは乾いた口を動かし、そのことを告げた。
「あの、あの、そしたら……ぼぼ、僕の小さなうさぎちゃん、って」
「……なに?」
「うううさぎちゃん、は、はちみつたっぷりかけて、でろんでろんになった君を抱きしめてあげるよ、ぼぼ僕も全部脱いで、はちみつだらけで、えへ、えへへ」
数拍後、さすがのマイアもすべてが完全に終了したことを直感した。騎士の顔が歪んだままで固まっている。泣こうかと思ったが涙も出ない。それでもなんとかしなければと声を出そうとした、その時に。
「……う……うさ、ぎ、ちゃん」
騎士が声を出した。震えている。声も、身体も。顔の側面を手で覆っている。耳が赤い。
「でろ、でろん、で……だ、だきしめて、あげる……ぜんぶ、ぬいで……」
彼の言葉はマイアの言うことを正確に反映していない。が、そんなことはいまどうでもよい。マイアの世界が回転した。宇宙が弾けた。星が飛ぶ。薄紅よりほかの色彩が消失する。
いちど倒れかけた身体を起こし、マイアは呼吸を荒くしながら先を続けた。
「きき、君の髪、君の首。なんて美味しそうなんだろうって」
「……きみの、かみ、くび、なんておいしそう……なんだ……」
「むしゃぶりつきたい、離したくない、もう僕とひとつに溶けちゃえばいいのに」
「むしゃぶり、つきた、はなしたくない、ぼくととけちゃえば……のに……」
「君しか見えない、君が欲しい、いつまでもそばにいてほしい」
マイアは文字が読める。村人から借りた草紙を読むこともできた。そうした中には大人の女性向けの物語もあり、そのもっとも気に入りのセリフを彼女は無数に暗記していた。それらの言葉が彼女の性癖の根底を形づくっていたのだ。
こうした応答がしばらく続いたのち、騎士はばっと顔を上げた。マイアを見つめる目には涙が浮かんでいる。あまりの情けなさ、口惜しさゆえだろう。
「い……い……いい加減にしてくれ! もてあそばれるのはたくさんだ! 妖魔なら妖魔らしく、ひと思いに俺を喰えばいいだろう!」
マイアのほうをちらと見て、遠く山稜に目をやり、ひとつ息を吐く。
「……約束は、守ってくれるのだろうな」
騎士はたしかに、そう言った。
マイアは膝から顔を上げ、目を瞬かせながら騎士の顔を見る。あまりの美麗に直視ができずにすぐに横を向き、高鳴る心臓を押えながら考える。
約束? なんだろう? しばらく考えてひとつの可能性にたどり着く。
以前にマイアは、劇団の昼食に手を出した。
二日間、草の露しか口にしていなかった日。ふと劇団の天幕の横を通ると、香ばしい匂い。昼食の肉を焼いていたのだ。露天のテーブルに並べられたそれをマイアは無意識に失敬し、即座に捕縛された。彼女の動作は他人の倍の時間をかけてなされるためである。
泣いて謝るマイアに劇団の者は言った。もう、するんじゃないよ。欲しくなったら言ってね、ちゃんと代わりのものを分けてあげるから。
このことしかない。劇団の者に約束と言われるのであれば。
「……もう、手は出しません」
「……確かか」
重ねて言われ、マイアは相手の顔をきっと見返した。
「出しません。約束は守ります。代わりのものをもらえることがわかったから」
そう言うと、騎士は息を呑むような表情をし、それから頷いた。頷いたまま顔を上げず、しばらく足元の下草を見ている。それでもやがて、絞り出すように小さな声を出した。
「……なにをすればいい」
マイアはそこに至り、相手の俳優さんに何を頼むかをまったく考えていなかったことに思い至った。心臓の鼓動が加速する。まずい。なにか言わなければ。
そうした窮地においては、誰もが自らの根底をさらけ出すことになる。心の深層に思い描いていた性癖を露出することになる。
マイアは乾いた口を動かし、そのことを告げた。
「あの、あの、そしたら……ぼぼ、僕の小さなうさぎちゃん、って」
「……なに?」
「うううさぎちゃん、は、はちみつたっぷりかけて、でろんでろんになった君を抱きしめてあげるよ、ぼぼ僕も全部脱いで、はちみつだらけで、えへ、えへへ」
数拍後、さすがのマイアもすべてが完全に終了したことを直感した。騎士の顔が歪んだままで固まっている。泣こうかと思ったが涙も出ない。それでもなんとかしなければと声を出そうとした、その時に。
「……う……うさ、ぎ、ちゃん」
騎士が声を出した。震えている。声も、身体も。顔の側面を手で覆っている。耳が赤い。
「でろ、でろん、で……だ、だきしめて、あげる……ぜんぶ、ぬいで……」
彼の言葉はマイアの言うことを正確に反映していない。が、そんなことはいまどうでもよい。マイアの世界が回転した。宇宙が弾けた。星が飛ぶ。薄紅よりほかの色彩が消失する。
いちど倒れかけた身体を起こし、マイアは呼吸を荒くしながら先を続けた。
「きき、君の髪、君の首。なんて美味しそうなんだろうって」
「……きみの、かみ、くび、なんておいしそう……なんだ……」
「むしゃぶりつきたい、離したくない、もう僕とひとつに溶けちゃえばいいのに」
「むしゃぶり、つきた、はなしたくない、ぼくととけちゃえば……のに……」
「君しか見えない、君が欲しい、いつまでもそばにいてほしい」
マイアは文字が読める。村人から借りた草紙を読むこともできた。そうした中には大人の女性向けの物語もあり、そのもっとも気に入りのセリフを彼女は無数に暗記していた。それらの言葉が彼女の性癖の根底を形づくっていたのだ。
こうした応答がしばらく続いたのち、騎士はばっと顔を上げた。マイアを見つめる目には涙が浮かんでいる。あまりの情けなさ、口惜しさゆえだろう。
「い……い……いい加減にしてくれ! もてあそばれるのはたくさんだ! 妖魔なら妖魔らしく、ひと思いに俺を喰えばいいだろう!」