魔法☆乙女(マジカルメイデン) ~九尾のキツネと五百年の約束~
第13話 朱雀温泉
「あ、ここだここだ。本当だ、アンコちゃんが言ってた通りだね」
「湯煙がすごいわね。ただ……ねぇ」
「ねぇ……」
あたしたちの目の前に広がるそれは、温泉だった。
試しに手を湯につけてみると、結構温かい。
いい感じの湯加減。
臭いはあんまり感じないかな。肌に細かな泡がつくってことは、炭酸泉なんだと思う。
そう、ただ……。
「浅っ!」
「確かに。でもふくらはぎはギリ浸かるわね」
「これじゃ足湯じゃんさぁ! アンコちゃん、楽しみにしとけって言ってたのにぃぃぃ!!」
あたしは仕方なく、靴と靴下を脱いで温泉に足を入れた。
ふむ。いい感じ。
子供用プールほどの深さもないけど、足湯として考えるなら、これはこれで。
「そりゃ五百年前の情報ですもの。それだけ経てば状況だって変わるわよね」
「朱雀さまが力を失っちゃったからかな。とりあえず中心を目指そうよ。真ん中にあるんだよね? 朱雀さまのほこら」
「地形が変わっていなければ、だけどね」
湯煙で視界を遮られながらもジャブジャブと温泉を歩いたあたしたちは、思いのほかあっさりとほこらに辿りついた。
校庭レベルの広さってどこ情報なのさ! 情報古いよ、アンコちゃん!!
湯から飛び出た岩の上に石製の小さなほこらが置かれている。
状況からみてコレで間違いないだろう。
近寄ってみると、ほこらは温泉のど真ん中に置かれているせいもあって、目立った汚れはついていなかった。
表面に朱雀の模様もばっちり残っている。
そりゃこれだけ湯気で濡れていれば汚れなんかそうそう残ってないか。
「「朱雀さま、お目覚め下さい」」
懐からお札を取り出したルナが、さっそくペタっとほこらに貼った。
お札の文字が光る。術の発動だ。
「あとは放っておいても復活なさるでしょ。クウミさんたちも邪魔しに来なさそうだし、せっかくだから今日は温泉を堪能していきましょ、アサヒ」
「さんせーい!」
『ホント悪いわねぇ、楽しみにしていたのだろうに足湯になっちゃって』
「「だれ!?」」
声はあたしたちの真上からだった。って、上!?
見ると、ほこらの上に誰かが座っている。女性だ。
長い黒髪を頭の後ろでまとめた年齢不詳の美人で、肌襦袢を着ている。
でも、見てすぐ分かった。
だって、聖獣のほこらの上に座るだなんて恐れ多いこと、他の誰がやるっていうのさ。
「……朱雀さま?」
『正解!』
「そういえば玄武さまも人型に変身していたもんね」
『ちょっと待ってね。むむむむ……えい!!』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「「わわわわ、なになに!?」」
地響きをさせつつ温泉の底が盛り上がった。
まるで公園の噴水まわりみたいに、ほこらを中心に岩のベンチがいくつもできあがる。
『これだけあればみんな座れるでしょ。さ、どうぞ、お嬢ちゃんたち』
ほこらの上からヒョイっと降りた朱雀さまは、岩のベンチの端っこに座ると、岩の表面をポンポンと叩いた。
そこに座れってことみたい。
濡れているベンチに座るのはちょっと抵抗あるなぁ、なんて思いつつ、仕方なく岩ベンチに座ったところで気づく。
「……今、みんなって言った?」
『ワシたちもいいかの? ほれ、足湯になってしまえば男女の別はあるまい?』
「玄武さま?」
そこにいたのは昨日会った禿げ頭のご隠居さん――玄武さまだった。
『おうおう、懐かしいぜ。オレはあの頃の温泉が好きだったんだが、ずいぶんとしなびちまったな』
それは、声が渋めのヒゲのオジサンだった。
ちょい悪オヤジ風で、灰色の甚平がよく似合っている。
「ひょっとして、白虎さまですか?」
『おうよ』
白虎さまがフンっと鼻を鳴らす。
なるほど、イメージは合うかな。
『まぁまぁ。足湯というのも乙なものですよ?』
紺の上着に黒ズボンの、カンフー服を着た長髪男性が笑う。
うん、多分笑っている。糸目で分かりづらいけど。
「青龍さま?」
『はい。ですが今はただの温泉客です。ここは無礼講といきましょう、魔法乙女。いやぁ、復活したはいいけれど、どうにも精霊力のめぐりが悪くて。玄武長老、原因、分かります?』
玄武さまが渋そうな顔をしつつ答える。
『クウミを封じこめるはずの気の流れが逆になっておる。おそらくは、これを予期したクウミがお嬢ちゃんたちにつけたマーキングにあらかじめ仕かけを施しておいたんじゃろう』
『『『なんですって!?』』』
聖獣さまたちの視線が一斉にあたしたちに向く。
あっという間に頬のマーキングを見つけた聖獣さまたちが、そろって深いため息をつく。
『ってことはなにか? オレたちに流れこむはずの精霊力がそっくりクウミに流れて、今ごろクウミは復活を果たしているってのか!?』
『じゃろうのぅ』
『あらまぁ、大変ですこと』
『だが、おそらくこの仕かけはクウミにとっては保険だったんじゃろう。じゃなければ嬢ちゃんたちの妨害をするわけがない。ほこらが壊れたままであればそれでよし、万が一ワシらが復活しても、逆流が起きて精霊力を根こそぎ奪ってしまえばよい。——二段構えの作戦というやつじゃ。知恵が回ることじゃの』
『『『……なるほど』』』
「納得している場合じゃないよ! このままじゃクウミさんが現世に出てきちゃう! 何とかしないと!!」
「あちきを呼んだかい?」
思わずその場で立ち上がったあたしの肌が一気に泡立った。
背中にいきなり氷を突っ込まれたような、ゾワっとする感覚。
慌てて振り向いたあたしの目の前に、何かがフワリと降り立った。
「あらあら皆さん、おそろいで。偽物さんたちもいて手間がはぶけんしたな。ほっほっほ」
「クウミさん!?」
それは、いつもの花魁姿の妖狐クウミだった。
だが、漂う妖気が、今までとは比べ物にならないレベルになっている。
それにしっぽ!
いつの間にか九本になってるじゃん!
聖獣さまたちが反射的に立ち上がった。
場が一気に緊迫する。
が、その瞬間、思いもよらぬところから声がかけられた。
「温泉は紳士淑女の社交場です。それが足湯であっても同じこと。皆さん大人でしょう? なら座ってください」
「ルナ?」
それはルナだった。
この状況下でも、平然と一人だけ座っている。
どんな強心臓?
『おまえ、これがどういう状況か……ちっ』
一瞬で場を制したルナが尚もブツブツ続けようとする白虎さまを冷めた目で見た。
さすがに大人げないと思ったのか、白虎さまも口をにごしつつ座る。
ルナが続ける。
「復活した今のクウミさんと聖獣さまたちが全面衝突したら、ここの結界はあっという間に壊れて現世と繋がってしまいます。それこそクウミさんの思うツボですよ?」
『ほっほっほ。お嬢ちゃんの言うとおりじゃな。皆、落ち着こうぞ』
ルナにたくらみを邪魔されたクウミさんが面白くなさそうに口を尖らせる。
「……気づかれたでありんすか。こちらのお嬢さんは存外に頭が良いのでありんすね」
こちらの? こちらのってどういう意味? あたしは!?
クウミさんが悠然と足湯に浸かると、その影からモコ太、アヤの兄妹がヌゥっと現れた。
なぜか、二人ともひどく落ち込んだ顔をしている。
「一つだけ聞いていいですか、クウミさん」
ルナが静かに口を開いた。
クウミさんがうさんくさいものでも見るような目でルナを見る。
「なぜ毎回毎回わたしたちの邪魔をしにきたんですか? マーキングの仕かけがあるなら、そんな必要なかったでしょうに」
クウミさんが一瞬、目を細めた。
「やはりあんたは油断ならねえね……」
鼻をフンっと鳴らして続ける。
「なぁに、そんな難しい話じゃありんせん。封じられていた五百年間、術なんざ全く使ってなかった。だから上手う発動してくれるか自信がのうござりんした。それだけのことさ」
「つまり、保険を信じ切れていなかったと……。なるほど、そういうことでしたか」
ウンウンとうなずいたルナが鋭い目でクウミさんを見る。
「疑問も解けたことですし、そろそろ本題に入りましょう。何が望みですか、クウミさん。聞くだけなら聞きますよ?」
「ふん! じゃあ言わせてもらうが、あちきはもう異界にはうんざりなんだよ! あちきはここから出んす! 自由になりんす! ついでに裏切り者の杏子と主さんら偽物にあちきの怒りを思い知らせてやりんす!」
クウミの顔がそこはかとなくキツネ顔になっている。
夜、外で見たら叫び出すくらいの恐さを秘めている。
「やれやれ、裏切り者ですか。アンコさんはあなたの相棒だったんでしょうに」
「杏子はあちきを封じ込めたのさ! あちきを捨てたのさ! 絶対ゆるさねえ!!」
「軟膏を差し入れるくらいには気にかけていると思いますよ? それと一つ、訂正をお願いできますか?」
「訂正だと? なんだい!」
「わたしたちは偽物じゃありません。正当な二代目です。なぜなら初代のアンコさんに魔法乙女を名乗ることを許されましたので」
「あちきは認めていないよ」
「じゃ、勝ったら認めてくれる?」
全員の視線が、割って入ったあたしに集中する。
ほぼ全員、呆れ顔。
その中でルナだけが、よくぞ言ったとばかりの、満面の笑みだ。
「くっくっく。おーーーーっほっほっほ! しっぽも生えていない半人前ごときが伝説級の災厄を前にしてようぞ言いんした! ……モコ太、アヤ、主さんたちを今日限りクビにするとしんしょう。あちきの下から離れて魔法乙女の相棒になっておやり」
「お館さま!?」
「なんで!?」
モコ太くんとアヤちゃんが慌ててクウミさんにしがみつこうとするも、クウミさんは冷たく袖を払った。
「魔法乙女には必ず相棒がいんす。いわばハンデでありんす。それであちきに勝てたら認めてやりんしょう。では明日。楽しみにしてやすよ。おーっほっほっほ!」
現れたとき同様、クウミは飛んで消えた。
九尾にまでなると空を飛べるようだ。いいなぁ。
「アサヒお姉ちゃん、アヤ、どうしたらいいの?」
「ルナ姉ちゃん、おいらたち、捨てられちゃったのかい?」
途方に暮れる兄妹に対してあたしは――。
「で、連れ帰っちゃったってわけね? アサヒちゃん」
「だって放っておけないじゃん!」
「責めてないわよ、ふふふ。……よし、霊的処置はオーケー。これで家に連れて帰れるわよ。でも、ちゃんとお世話するのよ?」
アンコちゃんが苦笑いする。
「あんたたち、現世ではケモノ状態になっちゃうのね。かっわいい!」
ルナが笑って、膝の上のもふもふネズミを撫でた。
首に青いマフラーを巻いている。
鉄鼠のモコ太だ。
あたしも自分の膝の白ネズミを撫でた。
こちらは赤いマフラー。
モコ太の妹、アヤちゃんだ。
そう。あたしたちは鉄鼠の兄妹を現世に連れ帰った。
心配だった転移の門を通ることはできたものの、こっち側では人化の術が使えないようで、幼稚園児の姿から白ネズミ状態に戻ってしまった。
まぁでも、そっちの方が助かるっちゃあ助かるかな。
「連れ帰っていいの?」
「いいも何も、この子たちはあなたたちの正式な相棒となったわ。一緒に術をかけておいたから、親御さんはペットを飼うのを許してくれるはずよ」
「おいらたち、ペットなのかよ!!」
青マフラーをつけた白ネズミが立ち上がって猛抗議する。
その仕草がなんともかわいい。
「よろしく頼んだわよ、モコ太」
「お? おぉ。……ちっ、しゃーねぇなぁ。面倒見てやらぁ!」
「今日からよろしくね、アヤちゃん!」
「よろしくなのです、アサヒお姉ちゃん!!」
こうしてあたしたちは魔法乙女の相棒を、それぞれの家に連れ帰ったのでありました。
「湯煙がすごいわね。ただ……ねぇ」
「ねぇ……」
あたしたちの目の前に広がるそれは、温泉だった。
試しに手を湯につけてみると、結構温かい。
いい感じの湯加減。
臭いはあんまり感じないかな。肌に細かな泡がつくってことは、炭酸泉なんだと思う。
そう、ただ……。
「浅っ!」
「確かに。でもふくらはぎはギリ浸かるわね」
「これじゃ足湯じゃんさぁ! アンコちゃん、楽しみにしとけって言ってたのにぃぃぃ!!」
あたしは仕方なく、靴と靴下を脱いで温泉に足を入れた。
ふむ。いい感じ。
子供用プールほどの深さもないけど、足湯として考えるなら、これはこれで。
「そりゃ五百年前の情報ですもの。それだけ経てば状況だって変わるわよね」
「朱雀さまが力を失っちゃったからかな。とりあえず中心を目指そうよ。真ん中にあるんだよね? 朱雀さまのほこら」
「地形が変わっていなければ、だけどね」
湯煙で視界を遮られながらもジャブジャブと温泉を歩いたあたしたちは、思いのほかあっさりとほこらに辿りついた。
校庭レベルの広さってどこ情報なのさ! 情報古いよ、アンコちゃん!!
湯から飛び出た岩の上に石製の小さなほこらが置かれている。
状況からみてコレで間違いないだろう。
近寄ってみると、ほこらは温泉のど真ん中に置かれているせいもあって、目立った汚れはついていなかった。
表面に朱雀の模様もばっちり残っている。
そりゃこれだけ湯気で濡れていれば汚れなんかそうそう残ってないか。
「「朱雀さま、お目覚め下さい」」
懐からお札を取り出したルナが、さっそくペタっとほこらに貼った。
お札の文字が光る。術の発動だ。
「あとは放っておいても復活なさるでしょ。クウミさんたちも邪魔しに来なさそうだし、せっかくだから今日は温泉を堪能していきましょ、アサヒ」
「さんせーい!」
『ホント悪いわねぇ、楽しみにしていたのだろうに足湯になっちゃって』
「「だれ!?」」
声はあたしたちの真上からだった。って、上!?
見ると、ほこらの上に誰かが座っている。女性だ。
長い黒髪を頭の後ろでまとめた年齢不詳の美人で、肌襦袢を着ている。
でも、見てすぐ分かった。
だって、聖獣のほこらの上に座るだなんて恐れ多いこと、他の誰がやるっていうのさ。
「……朱雀さま?」
『正解!』
「そういえば玄武さまも人型に変身していたもんね」
『ちょっと待ってね。むむむむ……えい!!』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「「わわわわ、なになに!?」」
地響きをさせつつ温泉の底が盛り上がった。
まるで公園の噴水まわりみたいに、ほこらを中心に岩のベンチがいくつもできあがる。
『これだけあればみんな座れるでしょ。さ、どうぞ、お嬢ちゃんたち』
ほこらの上からヒョイっと降りた朱雀さまは、岩のベンチの端っこに座ると、岩の表面をポンポンと叩いた。
そこに座れってことみたい。
濡れているベンチに座るのはちょっと抵抗あるなぁ、なんて思いつつ、仕方なく岩ベンチに座ったところで気づく。
「……今、みんなって言った?」
『ワシたちもいいかの? ほれ、足湯になってしまえば男女の別はあるまい?』
「玄武さま?」
そこにいたのは昨日会った禿げ頭のご隠居さん――玄武さまだった。
『おうおう、懐かしいぜ。オレはあの頃の温泉が好きだったんだが、ずいぶんとしなびちまったな』
それは、声が渋めのヒゲのオジサンだった。
ちょい悪オヤジ風で、灰色の甚平がよく似合っている。
「ひょっとして、白虎さまですか?」
『おうよ』
白虎さまがフンっと鼻を鳴らす。
なるほど、イメージは合うかな。
『まぁまぁ。足湯というのも乙なものですよ?』
紺の上着に黒ズボンの、カンフー服を着た長髪男性が笑う。
うん、多分笑っている。糸目で分かりづらいけど。
「青龍さま?」
『はい。ですが今はただの温泉客です。ここは無礼講といきましょう、魔法乙女。いやぁ、復活したはいいけれど、どうにも精霊力のめぐりが悪くて。玄武長老、原因、分かります?』
玄武さまが渋そうな顔をしつつ答える。
『クウミを封じこめるはずの気の流れが逆になっておる。おそらくは、これを予期したクウミがお嬢ちゃんたちにつけたマーキングにあらかじめ仕かけを施しておいたんじゃろう』
『『『なんですって!?』』』
聖獣さまたちの視線が一斉にあたしたちに向く。
あっという間に頬のマーキングを見つけた聖獣さまたちが、そろって深いため息をつく。
『ってことはなにか? オレたちに流れこむはずの精霊力がそっくりクウミに流れて、今ごろクウミは復活を果たしているってのか!?』
『じゃろうのぅ』
『あらまぁ、大変ですこと』
『だが、おそらくこの仕かけはクウミにとっては保険だったんじゃろう。じゃなければ嬢ちゃんたちの妨害をするわけがない。ほこらが壊れたままであればそれでよし、万が一ワシらが復活しても、逆流が起きて精霊力を根こそぎ奪ってしまえばよい。——二段構えの作戦というやつじゃ。知恵が回ることじゃの』
『『『……なるほど』』』
「納得している場合じゃないよ! このままじゃクウミさんが現世に出てきちゃう! 何とかしないと!!」
「あちきを呼んだかい?」
思わずその場で立ち上がったあたしの肌が一気に泡立った。
背中にいきなり氷を突っ込まれたような、ゾワっとする感覚。
慌てて振り向いたあたしの目の前に、何かがフワリと降り立った。
「あらあら皆さん、おそろいで。偽物さんたちもいて手間がはぶけんしたな。ほっほっほ」
「クウミさん!?」
それは、いつもの花魁姿の妖狐クウミだった。
だが、漂う妖気が、今までとは比べ物にならないレベルになっている。
それにしっぽ!
いつの間にか九本になってるじゃん!
聖獣さまたちが反射的に立ち上がった。
場が一気に緊迫する。
が、その瞬間、思いもよらぬところから声がかけられた。
「温泉は紳士淑女の社交場です。それが足湯であっても同じこと。皆さん大人でしょう? なら座ってください」
「ルナ?」
それはルナだった。
この状況下でも、平然と一人だけ座っている。
どんな強心臓?
『おまえ、これがどういう状況か……ちっ』
一瞬で場を制したルナが尚もブツブツ続けようとする白虎さまを冷めた目で見た。
さすがに大人げないと思ったのか、白虎さまも口をにごしつつ座る。
ルナが続ける。
「復活した今のクウミさんと聖獣さまたちが全面衝突したら、ここの結界はあっという間に壊れて現世と繋がってしまいます。それこそクウミさんの思うツボですよ?」
『ほっほっほ。お嬢ちゃんの言うとおりじゃな。皆、落ち着こうぞ』
ルナにたくらみを邪魔されたクウミさんが面白くなさそうに口を尖らせる。
「……気づかれたでありんすか。こちらのお嬢さんは存外に頭が良いのでありんすね」
こちらの? こちらのってどういう意味? あたしは!?
クウミさんが悠然と足湯に浸かると、その影からモコ太、アヤの兄妹がヌゥっと現れた。
なぜか、二人ともひどく落ち込んだ顔をしている。
「一つだけ聞いていいですか、クウミさん」
ルナが静かに口を開いた。
クウミさんがうさんくさいものでも見るような目でルナを見る。
「なぜ毎回毎回わたしたちの邪魔をしにきたんですか? マーキングの仕かけがあるなら、そんな必要なかったでしょうに」
クウミさんが一瞬、目を細めた。
「やはりあんたは油断ならねえね……」
鼻をフンっと鳴らして続ける。
「なぁに、そんな難しい話じゃありんせん。封じられていた五百年間、術なんざ全く使ってなかった。だから上手う発動してくれるか自信がのうござりんした。それだけのことさ」
「つまり、保険を信じ切れていなかったと……。なるほど、そういうことでしたか」
ウンウンとうなずいたルナが鋭い目でクウミさんを見る。
「疑問も解けたことですし、そろそろ本題に入りましょう。何が望みですか、クウミさん。聞くだけなら聞きますよ?」
「ふん! じゃあ言わせてもらうが、あちきはもう異界にはうんざりなんだよ! あちきはここから出んす! 自由になりんす! ついでに裏切り者の杏子と主さんら偽物にあちきの怒りを思い知らせてやりんす!」
クウミの顔がそこはかとなくキツネ顔になっている。
夜、外で見たら叫び出すくらいの恐さを秘めている。
「やれやれ、裏切り者ですか。アンコさんはあなたの相棒だったんでしょうに」
「杏子はあちきを封じ込めたのさ! あちきを捨てたのさ! 絶対ゆるさねえ!!」
「軟膏を差し入れるくらいには気にかけていると思いますよ? それと一つ、訂正をお願いできますか?」
「訂正だと? なんだい!」
「わたしたちは偽物じゃありません。正当な二代目です。なぜなら初代のアンコさんに魔法乙女を名乗ることを許されましたので」
「あちきは認めていないよ」
「じゃ、勝ったら認めてくれる?」
全員の視線が、割って入ったあたしに集中する。
ほぼ全員、呆れ顔。
その中でルナだけが、よくぞ言ったとばかりの、満面の笑みだ。
「くっくっく。おーーーーっほっほっほ! しっぽも生えていない半人前ごときが伝説級の災厄を前にしてようぞ言いんした! ……モコ太、アヤ、主さんたちを今日限りクビにするとしんしょう。あちきの下から離れて魔法乙女の相棒になっておやり」
「お館さま!?」
「なんで!?」
モコ太くんとアヤちゃんが慌ててクウミさんにしがみつこうとするも、クウミさんは冷たく袖を払った。
「魔法乙女には必ず相棒がいんす。いわばハンデでありんす。それであちきに勝てたら認めてやりんしょう。では明日。楽しみにしてやすよ。おーっほっほっほ!」
現れたとき同様、クウミは飛んで消えた。
九尾にまでなると空を飛べるようだ。いいなぁ。
「アサヒお姉ちゃん、アヤ、どうしたらいいの?」
「ルナ姉ちゃん、おいらたち、捨てられちゃったのかい?」
途方に暮れる兄妹に対してあたしは――。
「で、連れ帰っちゃったってわけね? アサヒちゃん」
「だって放っておけないじゃん!」
「責めてないわよ、ふふふ。……よし、霊的処置はオーケー。これで家に連れて帰れるわよ。でも、ちゃんとお世話するのよ?」
アンコちゃんが苦笑いする。
「あんたたち、現世ではケモノ状態になっちゃうのね。かっわいい!」
ルナが笑って、膝の上のもふもふネズミを撫でた。
首に青いマフラーを巻いている。
鉄鼠のモコ太だ。
あたしも自分の膝の白ネズミを撫でた。
こちらは赤いマフラー。
モコ太の妹、アヤちゃんだ。
そう。あたしたちは鉄鼠の兄妹を現世に連れ帰った。
心配だった転移の門を通ることはできたものの、こっち側では人化の術が使えないようで、幼稚園児の姿から白ネズミ状態に戻ってしまった。
まぁでも、そっちの方が助かるっちゃあ助かるかな。
「連れ帰っていいの?」
「いいも何も、この子たちはあなたたちの正式な相棒となったわ。一緒に術をかけておいたから、親御さんはペットを飼うのを許してくれるはずよ」
「おいらたち、ペットなのかよ!!」
青マフラーをつけた白ネズミが立ち上がって猛抗議する。
その仕草がなんともかわいい。
「よろしく頼んだわよ、モコ太」
「お? おぉ。……ちっ、しゃーねぇなぁ。面倒見てやらぁ!」
「今日からよろしくね、アヤちゃん!」
「よろしくなのです、アサヒお姉ちゃん!!」
こうしてあたしたちは魔法乙女の相棒を、それぞれの家に連れ帰ったのでありました。