魔法☆乙女(マジカルメイデン) ~九尾のキツネと五百年の約束~

第16話 救いにきたんだ

 茜色(あかねいろ)に染まる空の下、ススキの海の中に女の子が一人立っていた。
 この子、どこかで見た覚えがある。そうか、お祭りの日に……。 

『あれからもう百年も()ってやすえ。なんで……会いにも来てくれねえのさ』

 季節が流れ、鉛色(なまりいろ)の空から白いかたまりがチラホラと降ってきている。
 雪だ。

『指折り数えて二百年……。ずっと待っているのに……。明日には、明日には会えるよね? きっと迎えに来てくれるよね……。信じているから……』

 空を見上げる女の子の(ほお)を、ひとすじ涙が伝う。

 そしてまた季節が流れ、今度は激しい雨が地面を叩きつけている。
 そんな中、傘を差すでもでもなく、全身びしょ濡れになりながら女の子が立っている。
 女の子がゆっくりと口を開く。

『……どうして! どうして! どうして!! あぁぁぁぁああああああああ! あちきをだましたのかい! 恨んでやる! 呪ってやる! この世の全てを破壊しつくしてやる!! うあぁぁぁああああああああああああ!!!!』

 号泣(ごうきゅう)とともに呪詛(じゅそ)の叫びが世界を満たす。

 そうか、これはクウミさんの記憶なんだ。
 五百年の孤独。
 絶望に心をむしばまれ、闇に堕ちて――。

 救ってあげたい。
 この悲しみを(いや)してあげられたら……。


 気づくと、あたしたちはいきなり地面に突っ伏していた。
 空気が重い。身体が重い。指一本動かせない。
 
「がっ、あっ……。身動きが……とれない……」
「何なのこれ。重力? くっ、息が……できない……」
 バシィィィン!!

 クウミさんの身体を這っていたルナの光の輪が一斉に弾け飛んだ。
 クウミさんがゆっくりと目を開く。

「この程度で終わると……」

 地獄の底から声を出すかのような、低くしわがれた声が響く。
 空気が震える。
 と同時に、あれだけ咲いていた花たちがみるみるしぼんでいく。枯れていく。 

 対照的に、あれほど必死に減らしたクウミさんのしっぽがみるみる増えていく。
 まるで、あたしたちの頑張りなど無意味だと言わんがごとく——。

「……本気で思っていたのか?」
「あ、あぁぁ……」
「くっ、あぁ!!」

 両手のブレスレットがとんでもない速さで回っている。クウミさんの力に全力で(あらが)っているのだ。 
 そうでなければ一瞬で終わっていた。
 だが――。

 ピシっ。

 高速回転するブレスレットから、異音(いおん)が響く。
 ヒビが入ったのだ。

「ごめんね、アサヒ……」
「ルナ!?」

 不意に聞こえたルナの声に、地面に突っ伏したまま振り返る。
 そこには、見えない力によって叩き潰され、息も絶え絶えのルナがいた。 

「ルナ! しっかりして、ルナ!!」
「もう……限界。わたしは……ここまで」
「ルナ!」
「でも……わたしはあんたを信じてる。アサヒなら絶対に……クウミさんを救ってあげられる」
「でも! でも!」

 高重力に抗い、ルナが右手をゆっくりと動かし、あたしの左手に重ねた。
 高速回転するルナの青いブレスレットとあたしの赤いブレスレットが並ぶ。

「救うって決めたんでしょ? なら最後まで……その意思を……信念を貫きなさい」

 それだけ言って、ルナの手が落ちた。
 ブレスレットが回転を止め、ルナの変身が解ける。

「ルナ! ルナぁぁあ!」

 直後、あたしの変身も解けた。
 猫耳にしっぽ。分身体だ。
 両手のブレスレットが光を失っている。
 慌てるあたしの背中に、更なる圧力がかかる。

 クウミさんだ。
 まるで、猫がネズミを狩るがごとく、巨大なキツネに踏みつけられている!
 熱い! 背中が焼けるように熱い!

杏子(きょうこ)に教わらなかったかい? 分身体は(たましい)だ。死ねば本体も死ぬ。魔法乙女の戦いは遊びじゃない。死と隣り合わせの危険な戦いなんだ。小娘が興味本位でやっていいことじゃないんだよ!」

 あたしの身体が地面にめり込む。
 クウミさんの足を振り払うこともできない。
 何もできない。

大言壮語(たいげんそうご)のツケを払って、()ってもらいんしょうか、小娘……」

 『死』という根源的な恐怖があたしを包み込む。

「そのまま潰れておしまい」

 怖い、怖い、怖い!
 死ぬ? こんなところで?
 イヤだ、イヤだ、イヤだ、イヤだ!!
 死にたくない!!!!

 絶望があたしの心をみるみる真っ黒に染め上げる。涙が浮かぶ。
 あたし、無力だ。何もできない。

「うあぁぁぁぁああああああん……」

 涙で目の前が見えなくなったそのとき――。
 あたしの頭の中に、なぜだかある女の子の映像が浮かんだ。
 豪雨の中、絶望して号泣する女の子――。

 あたしとかぶる。
 あの子はあたしだ。
 ここで終わったら、あの子を救えないじゃないか。

 あたしの力は何のためにある?
 弱き者が泣かなくて済むようにするためじゃないか!
 怖くても! 逃げたくても! あたしが盾にならなくってどうする!!

「うおぉぉぉぉぉっぉおおおお!」

 地面に伏したまま、あたしは天にも届かんとするほどの雄たけびをあげた。

「救うって、決めたんだ!」

 ブレスレットが稲妻(いなずま)をともなって高速回転し、一瞬で魔法乙女の衣装を身にまとう。

 魔法乙女に戻ったあたしは、クウミさんの足を全力で跳ねのけた。
 たたらを踏むクウミさんを前に、重力に逆らいながら必死になって身体を起こす。

 ひざが笑う。力が入らない。全身の震えが止まらない。それでも!
 あたしは地面に手を当て、無理やり立ち上がった。

 ブレスレットの回転音がおかしい。いつ壊れてもおかしくない。
 最後までもって!

「立ち上がったか。大したものだ。だがどうする?」

 高重力に膝をつきそうになりながらも、あたしはクウミさんの目をまっすぐに見た。
 もう逃げないんだから!

「クウミさん、もういい。もういいんだよ。あたしがそばにいる。あなたの傷が癒えるまで、ずっとそばにいるから!」
「……あんたに何が分かりんす」
「分からないよ! でも寄り添うことはできる!」

 クウミさんの顔が一瞬で怒りの色に染まる。

「あちきの五百年の孤独を! たかだか十年かそこらしか生きていない小娘に分かられてたまるかぁ!!」

 絶叫とともに、クウミさんの妖気が瞬時にふくらんだ。
 来る!

 あたしは、脚に魔力を集中させ、空を目指して一気に跳んだ。
 重力を振り切り、高く――高く――。
 地上が遠ざかり、クウミさんの姿が小さく見える。空気が薄くなる。

 魔法はデタラメ。
 想いの力が理論も理屈も超えて魔法を――奇跡を生む。
 ならば!

 あたしは残った魔力を全て、ピコハンに注ぎ込んだ。
 祈りの力に応えて、ピコハンが金色に変わる。
 同時に、あたしの後ろにとんでもなく巨大な、光り輝くハンマーが現れた。
 もちろん実体じゃない。幻影だ。でも、魔力のこもった幻影だ。
 
 あたしめがけて遥か下から、巨大な火焔が迫ってくる。
 今までで最大レベル。
 見ただけで分かる。まともに食らったら一瞬で消し炭と化すレベルの、本気の一撃だ。

 ピコハンを振りかぶる。
 幻影の巨大ハンマーがあたしの動きを正確にトレースする。

 大丈夫。あたしがあなたを一人にしないから!
 あなたがあなたでいられる場所をつくるから!

 そしてあたしは――思いっきりピコハンを振り抜いた。

 コンマ一秒遅れて、地上のクウミさん目がけて巨大ハンマーが振り下ろされる。
 ほどなく、クウミさんの巨大火焔と幻影のハンマーとが激突する。
 爆風が駆け抜け、空を舞うあたしの髪や服を激しくはためかせる。

 だが、ハンマーはその勢いを殺すことなく、炎を割った。
 通り道を開けるかのように、火焔が無数の火の粉を散らしつつ淡雪(あわゆき)のようにほどけ、空に消えていく。

 避けられないと悟ったか、クウミさんは上空から迫りくる巨大ハンマーを見つめつつ、ゆっくりと目をつぶった。
 その頬をひとすじ、涙が伝う。
 そして――。

 世界から音が消え。
 幻影のハンマーはゆっくりとクウミさんにヒットすると、(かすみ)のように消え去った。


 着地と同時に変身が解けた。
 ブレスレットが割れている。能力を使い果たしたのだ。
 疲れ果ててぼうぜんと立ちつくすあたしのところに、同じく変身の解けたルナが駆けてきた。
 
「ルナ? ……ルナ!!!!」
「ちょっとアサヒ、痛いってば! どうどうどう。生きてるわよ、ほら泣かないの」
「だって、だってぇぇぇぇ」

 あたしは力いっぱいルナを抱きしめた。
 うん、生きてる。生きてる! あたしたち、生きてる!!

「でも、ブレスレットがね……」

 ルナが手のひらに乗せた青いブレスレットをあたしに見せる。
 こちらも綺麗に割れている。

「そっか。これで変身ヒロインも引退だね。でも、クウミさんを無事無力化できたし、それでよしとしよう」
「そうね」

 あたしたちの視線の先には、アンコちゃんとクウミさんがいた。
 遥か遠くまで広がったお花畑の中で、キツネ状態のクウミさんが大の字になってゼェハァと荒い呼吸をしている。
 妖気が散らされたからか、クウミさんは子犬なみの大きさになっており、すでに脅威は感じない。

「あの子たち、やるわね」
「ギリ及第点(きゅうだいてん)ってとこかね。だが、まだまだこんな程度で満足してもらっちゃ困る。魔法乙女の名は重いんだ」
「手伝ってくれるの?」
「初代としちゃ、その名を汚させるわけにはいかないだろうに」
「素直じゃないんだから」
「ほれ、しっかり背負(せお)え。こちとら力を使いすぎて動けねぇんだ」
「はいはい」

 アンコちゃんはひざまずくと、疲労困憊(ひろうこんぱい)といった感じのクウミさんを拾い上げ、両手でギュっと抱きしめた。
 クウミさんがアンコちゃんの肩に頭をもたせかけ、目をつぶる。

「ずいぶんと待たせちゃったわね」
「……甘いもんが食いてぇ」
「用意しましょう」
「しょっぺえものもだ。交互に食うんだ」
「はいはい。……おかえり、クゥ」
「……ただいまでありんす」

 そうして、二人はどちらからともなく笑ったのでした。
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