極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
自宅アパートに戻ったら、すぐに支度をしてカフェに出勤した。その次の日も、いつも通りに出勤した。
お昼のお客さんのピークが終わって、従業員が無料でもらえるオリジナルブレンドのホットを持って、お店を出た。
オフィスビルのエントランスを通り抜けて、近くの公園に向かうつもりだった。途中、ジャンパーのポケットからスマホを取り出したら、メールが届いていることに気づいた。
先日、履歴書を送った企業のうちの一社から、書類選考不合格通知。――慎重に検討いたしました結果、誠に残念ながらご希望に添えない結果となりました。
あと何度、この通知を見ることになるんだろう。
ひとりで生きていかなきゃいけないから、正社員になりたい。
だけど――職歴もスキルもないアラサーなんて、書類選考すら通らない。
スマホをポケットに戻して、広々としたエントランスを歩く。カツカツとヒールの音を鳴らしながら、フランス語で電話をする女性とすれ違った。
私と同い年くらいの女性だった。きっと、このビルの商社で働く社員さん。
気持ちが波立たないように、前を向いてエントランスを歩く。
すると、
「紗夜香ちゃん」
名前を呼ばれると同時に、肩を掴まれた。
振り返ると、最近うちの店舗に赴任してきた副店長だった。
副店長――平田さん。年は、多分私より5歳くらい上。何度か連絡先を尋ねられたけれど、断っている。
お昼休憩は重なっていなかったはずなのに――と、思わず表情が強張る。
「まだ、就活してんの?」
そう問いかけられて、え、と首を傾げる。
平田さんにも、店舗の誰にも、転職活動をしていることは言っていない。
何も言葉を返せず、うろたえていると、平田さんがにやにやと笑った。
「書類で落ちてばっかりなんでしょ」
「……なんで」
一歩後退ると同時に、顔からさっと血の気が引いた。
店舗の管理職は、更衣室のロッカーの鍵を持っている。まさか、ロッカーをあけられてスマホを見られた? それなら、スマホだけじゃなくて他の荷物も。
視線をふるわせる私に、平田さんが一歩詰め寄った。
「うちの社員になれるように、俺がマネージャーに話してあげるよ」
だから連絡先交換しようよ、と続けて、にやにや笑いのまま私の手首を掴んだ。
振り解こうとしたのに、動けなかった。
声を出すこともできなかった。
からからに乾いた喉から、引き攣れた息の音が漏れた。
「ま、わざわざ社員にならなくても、俺の彼女になるのでもいいけど」
平田さんの匂いは、溶けたバニラアイスみたいな、どろどろに甘い匂い。
どろどろの甘さが、私を絡めとろうとする。
あ、と声にならない声をこぼしたところで、
「――紗夜香さん」
吹き抜ける風みたいに、気負いのない声が私を呼んだ。