極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
食事を終えた千秋くんは、洗い物を引き受けると申し出てくれた。だけどまさか、仕事で疲れている彼に洗い物なんて頼めるはずがない。
こんなに手の込んだ食事を用意してくれたのだから――とあくまでも洗い物を引き受けようとする千秋くんを押し切って、手早く洗い物を済ませた。
そうして、リビングに戻る。
ソファに腰掛けて、タブレットで本を読んでいた千秋くんは、
「立っていないで、座ってください」
朝と同じように、私に声を掛けた。
「うん……」
頷いて、ソファの端に腰掛ける。千秋くんは、少しだけ何か言いたげな顔をしたけれど、何も言わなかった。
私は、何となく気まずい気持ちで視線を彷徨わせた。
千秋くんから微妙に視線を外したまま、話を切り出す。
「私は、あと何をすればいい?」
千秋くんが、目を瞬いて小首を傾げる。
自分の問いかけが言葉足らずだったと気づいて、おずおずと付け加える。
「毎月のお金とか……このマンションの家賃を、私が折半できるとは思えないから。それに、生活費もあるし」
だから――料理や掃除や洗濯はもちろん頑張るけど、私はあと何をすればいいのかなって。
歯切れの悪い口調で説明すると、千秋くんは丁寧な眼差しで私を見た。
「何をすればいいとか、何をしなきゃいけないということはないと思いますよ。ハウスキーパーなら、然るべき報酬で契約しています。ランドリーサービスも同じくです」
千秋くんは、優しく微笑んで続ける。
「紗夜香さんは、紗夜香さんのやりたいことを。互いに、互いの意思を尊重し合う――そんな関係でありたいと思っています」
まるで、過不足のない模範回答みたい。千秋くんが完璧な答えをくれるから、だから、裏腹に不安になる。
だって私は、千秋くんが私に提供してくれたすべてに対して、何ひとつ返せるものを持っていない。
安定した暮らしも、金銭的な余裕も、本当なら私は何も持っていなかった。
「でも……何かやらなきゃ。一緒に暮らしてるなら、私にも何か役割がないと」
仮初の結婚生活の、仮初の妻。その役目に、十分見合う役割は何?
考えても、不足のない答えは見つからなくて困窮した。その刹那、一呼吸の間合いで、千秋くんが私との距離を詰めた。
指先で頬に触れられて、反対側の手で腰を抱き寄せられる。
「――っ、」
短く息んだ。そうしたら、彼の影が私の視界を染める。上質な香水の匂いが、間近で揺らめく。
「役割というなら、妻として俺を愛してください」
彼の親指が、私の頬のなだらかさを撫でる。その感触がひどく艶めかしくて、たちまちに身体に力がこもる。
「ね……紗夜香さん?」
色香をはらんだ、彼の囁き。
ぎゅっと目を瞑ったところで――けれど呆気なく解放された。
は、と呼吸を取り戻した私に、千秋くんはいつも通りの声で言う。
「また、食事を作ってもらえますか? 今日のメニュー、どれもとても美味しかったです」
いつもと同じ、柔らかな笑み。
「……う、うん」
しどろもどろの声で応じながら、不意に気づく。
私が作った料理を誰かに美味しいと言ってもらえたことが、随分と久しぶりだということに。