極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
カチャリ、とリビングのドアがあいた。
「おはようございます……」
眠たげな挨拶。微睡みを引きずったような、少しあどけない顔。
「おはよう」
千秋くんに挨拶を返して、小さく笑う。透き通ったきらめきが揺らめく部屋に、コーヒーの香りが立ち上る。
眠そうな顔のまま、千秋くんがお皿を運んでくれた。ベーコンとスクランブルエッグ、ちょっとしたサラダ。それに、トーストしたパンとコーヒー。
ダイニングテーブルで向かい合って、いただきますと手を合わせる。千秋くんはまだ少し眠そうな顔のまま、コーヒーをひとくち飲む。そうして、美しい手つきでフォークを使って、スクランブルエッグを口に運ぶ。
「美味しい」
一緒に暮らし始めてから、1ヶ月。もう何度も振る舞った料理なのに、今も新鮮に感激してくれる。
少し前までは、何だか落ち着かない気持ちだった。口に合ってよかった、と返す声も何だかぎこちなかった。だけど、
「ありがとう」
今は素直にそう言える。表情も、ちゃんと素直に笑えているはずだ。
コトン、とフォークをお皿に置く音。
食事を終える頃には、千秋くんはもうすっきりと目を覚ましている。
「ごちそうさまでした」
千秋くんは食器をシンクに運ぶと、パジャマを着替えに、いったん自分の部屋に行く。その間に、私は洗い物を済ませる。
洗い物が終わって、濡れた手をタオルで拭いていると、千秋くんがリビングに戻ってくる。
きっちりとネクタイを締めたスーツ姿で、キッチンまでやってきた千秋くん。髪もワックスでセットされていて、香水の匂いも品良く漂わせている。
完璧なCEOの姿で、行ってきます、毎日律儀に声を掛けてくれる。
だけど、今日は少しだけいつもと違った。
「毎日朝食を作ってくれて、ありがとうございます」
改まってそう言われて、面食らう。
「そんな……大したことはしてないよ」
ささやかに恐縮する私からふっと目を逸らして、千秋くんは照れくさそうに笑った。
「俺、実は朝があんまり得意じゃないんですけど、紗夜香さんの朝食があるから、起きるのが楽しみになりました」
最近、身体の調子もいいし――そんなふうに続く千秋くんの言葉を聞きながら、目の奥がぐっと熱くなったのを自覚した。
泣く直前の感覚だった。気を抜けば、呆気なく涙がこぼれてしまう。
だけど――。
「そっか、よかった」
できる限り澄ました顔で笑って、
「いってらっしゃい!」
千秋くんを見送った。宝物みたいな言葉をくれた千秋くんを、ちゃんと笑顔で見送りたかった。
パタン、と玄関の扉が閉まる。
鍵を捻って施錠すると、ほろり、と涙が眦からこぼれた。顔を押さえるように手のひらで拭って、リビングに戻る。
何も持たない私は、何もできないと思っていた。
でも、ほんの小さなことかもしれないけど、誰かに簡単に笑われてしまうことかもしれないけど、私はちゃんと誰かの役に立っている。