極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
千秋くんから電話があった。高峰さんがカフスボタンを取りに来るので渡してほしい、といった内容だった。千秋くんの自室の、クローゼットの中にあるダイヤルロック式の金庫。教えられた暗証番号の通りにダイヤルを回すと、ぱかっと金庫がひらいた。金庫の中には、千秋くんが言った通りに、家紋入りのサファイアのカフスボタンが入っていた。
夜から参加予定のパーティーが、このカフスボタンをつけて参加しなければいけない、格式の高いパーティーなのだという。だけどとあるハプニングにより、カフスボタンを破損してしまった。だから、予備のカフスボタンを取りに高峰を寄越す――そんな感じの説明だった。
――これ、私が触っても大丈夫なのかな。
金庫から取り出すためには当然触らなければいけないのだけれど、プラチナらしき台座も台座にはめ込まれたサファイアも、どちらも圧倒的な輝きを放っていて、少しでも触れれば曇らせてしまいそうだ。
迷った末に、自室にハンカチを取りに行った。指先にハンカチをかぶせて、金庫から慎重にカフスボタンを取り出す。
ハンカチ越しに手のひらに載せた瞬間、重い、と思った。大きさから予測した重量より、遥かに重い。
何だか持っているのも怖くなって、ハンカチで丁寧に包んで、千秋くんのデスクに置く。室内にあるのだから盗まれるわけはないとわかっていても、目を離すのが心配で、デスクの前でずっと見張っていた。
すると、スマホの着信音が鳴った。
高峰さんからの電話だった。マンションに到着したという連絡かと思ったら、どうやら違った。
「すみません、車が渋滞に捕まってしまって……」
前にも後ろにも動けない状況にある、と高峰さんは困惑しきった声で説明した。そうして、お手数をおかけして大変申し訳ないのですが、と前置いて続ける。
「今、品川の近くまで来ているので、駅までカフスボタンを届けてもらえませんか。電車に乗り換えて、会場まで向かいます」
「え、それだったら私が会場まで届けますよ」
「しかし……」
高峰さんは、少しためらったあとに、
「では、お言葉に甘えてお願いできますか」
と、ものすごく申し訳なさそうに言った。
「もちろんです。任せてください!」
元気よく返事をした私に、高峰さんが恐縮した声音で言い添えた。
「会場が、セレブリティ御用達のホテルなので……礼服をお召しになったほうが良いかと思われます」
「あっ……そうですよね。わかりました」
高峰さんの助言に感謝をして、電話を切る。いったん自室に戻った私は、『みどりのやね』の面接の際にも着用した黒いスーツに着替えた。そうしてカフスボタンを持って、3センチヒールのパンプスを履いてマンションを出た。
そうして、電車に乗って到着したホテルで。
ふわふわの絨毯を一歩踏んだだけで、呼吸が上擦るようだった。重厚な歴史を感じさせる建物、洗練された内装、まるで絵画のような服を着て絨毯の上を歩くひとたち。
もう一歩靴先を進めれば、私が来るべき場所ではなかったのだと思い知る。服装も、こんな安っぽいスーツじゃいけなかった。