極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
その刹那、上質なラストノートの揺らめきと、束の間触れ合った柔らかさが、私の感覚に鮮明によみがえる。
「――ふざけないで!」
悲鳴に似た声を上げながら、3センチヒールで隼人の足を踏みつけた。途端に怯んだ隼人の手を振り払って、力の限りに声を投げつける。
「あなたに未練なんて、最初からなかった!」
男を睨みつける眼差しが、涙で潤む。
「私は――あなたなんかに尽くした、過去の私が惜しかっただけ!」
私はきっと、何者でもない。
何者でもないけど――あなたなんかに勝手にされていい私じゃない。
だって私は、彼に大切に守られたから。
大切に彼に守られて、彼に肯定されて、私は私が無価値でないのだと知った。
私はもう、無条件に私を差し出さない。
月の光が届かない泥沼のなかで、何らかの営みが泡をかたちづくる。
泡が消えて、また生まれる。
緩やかな反復は息遣いに似ている。
取るに足らなくても、何者でもなくても――それでも私は無価値じゃないから。
「二度と、私に関わらないで」
捨て去るように言い置いて、隼人に背を向けた。だけど、
「おまえ……調子乗ってんなよッ」
乱暴な力で肩を掴まれた。強引に振り向かされると同時に、男の拳が襲いかかる。