極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
――強く目を瞑ると同時に鈍い音が聞こえた。それなのに、痛みを一切感じなかった。
困惑して目をひらいて、目の前に立つ彼の後ろ姿に愕然とした。
「千秋くん……」
私を背中に庇った彼は、下劣な男に言い放つ。
「彼女に、二度と近づかないでください」
「はあッ? おまえ誰だよ」
月の光を浴びながら、千秋くんは悠然と答えた。
「あなたは俺を知りませんが、俺はあなたを知っています」
「はァ?」
「加藤隼人さん。都内でエステサロンを展開している、株式会社リリウムの加藤社長――その配偶者。あなたは俺を殴りましたが、ご一緒に警察署へ向かいますか?」
薄い笑みをはらんだ、ひどく丁寧で冷え切った声。
隼人は、はっきりとうろたえた様子を見せた。視線をうろうろと彷徨わせて、口元をわななかせて、
「……クソっ」
幼稚な悪態を吐いて、逃げるように踵を返した。
それは、ひどく呆気ない幕切れ。
気の抜けたように立ち尽くしていた私は、私に背を向けたままの千秋くんが口元を拭う様子を見てはっとする。