極甘CEOと交際0日の仮初結婚 ~一途な彼の、初恋妻になりました~
白い朝に、コーヒーの匂いが立ち上る。
戸棚からマグカップを取り出したところで、かちゃりとリビングの扉がひらいた。
「おはようございます」
朝の挨拶から始まる、まだ本物じゃない私たちの結婚生活。
「おはよう」
ほんの少しぎこちなく挨拶を返す。すると、キッチンまでやってきた千秋くんが、私をじっと見つめた。
そわそわと視線を彷徨わせるから、いったい何だろうと小首を傾げると、千秋くんは気まずそうな顔で言った。
「……昨日、無理をさせてしまってすみません」
白く眩い朝に、不意に仄めく夜の色香。
いつの間にか途切れていた私の意識。はっと気づいたら朝だったから、確かに戸惑ったけれど。
「別に、……謝ることじゃないよ」
彼からふいっと目を逸らして、マグカップを調理台に置く。コーヒーマシンに手を伸ばしたところで、後ろから控えめに抱きしめられた。
「嫌いにならないでくださいね」
「なるわけないよ」
「よかった……」
一日で嫌われたらどうしようかと思いました――なんて、絶対にありえない心配を呟く千秋くんが、ちょっと可愛い。
千秋くんは私を手離すと、目玉焼きのお皿をダイニングテーブルに持っていく。そこから先は、これまでと同じ朝だった。
朝食を済ませると、千秋くんはパジャマを着替えにいった。その間に、私は洗い物をする。
ややあって、スーツ姿の千秋くんが戻ってきた。
この後は、行ってきますと行ってらっしゃいを言うのがいつものやりとり。
だけど、今日はほんの少しいつもと違った。
「紗夜香さん」
私を呼んだ千秋くんが、こちらに向き直る。
「俺、もう少しだけ頑張ります。だから、時期が来たら、ちゃんと本当に結婚しましょう」
「……うん」
彼の瞳を見つめて、頷いた。
一瞬だけ泣きそうな顔をした千秋くんは、私をそっと引き寄せて、私の額にキスをする。
「行ってきます」
いつも通りにそう言った彼に、「行ってらっしゃい」を返した。
まだ本物じゃない結婚生活が、しばしの猶予のように穏やかに続いた。
それが一変することになったのは、星月の見えない雨の夜。
夕食を終えてくつろぐ私たちのもとに、久遠清典氏が倒れたとの報せがもたらされた。