スケッチブック
【青色】

――雪

青い。
放課後の空は、やけに澄んでいた。
体育館を出ると、風が冷たい。
汗の残った首元に、少しだけ刺さる。

「先輩、これ!」

後輩の声に振り向く。
差し出されたタオルを、反射的に受け取った。

「ありがとう」

そう言って、頭を軽く撫でる。
いつものことだ。
後輩は、はち切れるような笑顔で走っていった。
それで、誰かが笑うなら。
そんなふうに考えるより先に、体が動いてしまう。

——俺は、そういう人間だ。

でも、その瞬間。
視界の端に、芽衣子の姿があった。
立ち止まっている。
何か言いたそうで、
でも、何も言わない顔。

——まずい。

胸の奥で、危険信号が鳴る。
それなのに、足は動かなかった。
誰にでも優しくすること。
それは、間違っていないはずだった。

なのに——
一人だけ、置いてきぼりにしている気がする。

俺は、芽衣子に今の光景を見られたくなかった。
どうしてだ?

廊下の向こうで、
芽衣子は友達と話し始める。
笑っている。
けれど、その笑顔は、どこか遠い。
——もし、あの反応が。
俺への気持ちからくるものだったら。
そんな期待が、胸をかすめる。
同時に、
何もできなかった自分の不甲斐なさが、
ずしりと重くのしかかった。

その夜。
イヤホンから、作楪の声が流れる。

「守ろうとして離れるのは、
優しさじゃなくて、
怖さかもしれない」

胸の奥に、冷たいものが広がった。

——俺は、何が怖い?

近づきすぎて、
誰かを傷つけることか。

それとも、
自分が傷つくことか。
青い空は、
どこまでも広がっているのに、
手を伸ばしても、届かない。
芽衣子との距離も、
そんなふうに感じていた。

話しかければいい。
それだけのことなのに。

優しさで埋めてきた空白が、
いつの間にか、
深い青になっていた。
< 7 / 29 >

この作品をシェア

pagetop