月のうさぎと地上の雨男

29.それぞれの月、もしくは太陽

「見合いに乱入するな馬鹿者! ドラマの見過ぎだ!!」


 美佳(みか)がジョッキを机に叩き付けた。

 空になったジョッキに、(ゆずる)がビールを注いだ。


「ごめんなさい、伯母上。でも俺、ドラマとかほとんど見ないですよ」

「言い訳するな! 譲、お前の息子たちはどうなってるんだ!?」

「飲み過ぎだよ、姉さん」

「飲まずにやっていられるか!」


 美佳はジョッキになみなみと注がれたビールを一気に飲み、譲を振り返った。


「次、ハイボール!」

「はいはい」


 譲は慣れた調子でウィスキーと炭酸を半々で割って、美佳に渡した。


「大人に相談しろ! ちなみに(とおる)は大人に含まない。なんだあいつ。会うたびに破天荒になるのはなんなんだ……」

「俺にもわからんねえ」


 譲が笑いながらポテトサラダを取り皿に盛って美佳に差し出した。

 一度、(わたる)が配膳を担当すると申し出たが、譲は笑って


「姉貴はこだわりがあるから俺がやるよ。渡は園佳(そのか)さんと好きに食べてな」


 と断ったのだ。

 先ほど、美佳が譲に泣きついていたこともあり、この姉弟はなんとなく距離が近いと思いつつも突っ込めず、渡は叱られながら箸を進めていた。

 園佳は慣れているのか、何でもない顔で日本酒を飲みながら酒盗を摘まんでいた。


「しかもお前!」


 美佳がグラスを煽り、一瞬で空にした。


風間(かざま)(あや)様まで巻き込んだな!?」

「はい。何かあったときの保険です」

「しれっと言うな、馬鹿者! 綾様がお叱りを受けると思わなかったのか?」

「そこは風間が上手くやるだろうと思っていましたし、凪様を思ってのことですから、月詠(つくよみ)の頭領も強くは言うまいかと」

「ほんとーに(したた)かでかわいくないな! 譲の息子は」

「悪いね姉さん。俺に似たんだ。鮭とエノキの味噌マヨ和えと、焼き油揚げにネギ味噌を載せたのはどっちがいい?」

「両方!」

「はい、どうぞ」

「うん、さすが蛙前(かわずまえ)だ。チョイスがわかってる。譲、スプリッツァー作れ」

「はいはい」


 譲はバーテンダーのように手際よく酒を用意していた。

 園佳が静かに渡にささやいた。


「いつもなのよ」

「これが?」


 渡は目で伯母と父を指した。


「うん。母さんは嫌なことがあったり、疲れてくると譲叔父さんにお酒やおつまみを用意させて、サシ飲みしてるんだよ」

「……それ、それはさ」

「言わないで。わかってるから。や、私がわかってても仕方ないんだけども」


 美佳の仕事の補佐も譲で、愚痴を言う相手も譲、サシ飲みや世話まで譲が担っている。

 それでは、貴生(たかお)の夫としての立場はどこにもない。

 美佳は、譲は、どうしてそうなってしまったのか。

 いつからこうなのか聞きたい気持ちはあったが、同時に渡は知りたくなかった。


「父さんが、ないがしろにされていると感じても仕方ないよね。夫婦のことだから私も口を挟みにくいし。それに、こう言っちゃあなんだけど、どう考えても父さんより譲叔父さんのほうが、仕事でもそれ以外でも母さんのことをわかっているから」


 渡は、酔いに任せて譲にぐだぐだと甘える美佳を見た。

 それは弟にではなく、夫にすべきことだったのに。

 譲は適当にあしらっていたが、本来はきちんと突き放すべきだったのに。


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