月のうさぎと地上の雨男
「父さん、伯母さんは随分酔っ払っているみたいだけど」
渡がつい口を挟むと、譲は困ったようにこちらを見た。
美佳は譲の腕にもたれ、うとうとしていた。
「貴生さんと上手くいかないと、こうなりがちだな。……昔、姉さんが貴生さんと飲んで甘えたときに、『そんなふうに甘える美佳は、少し違うと思う』と言われたらしくて」
「だから、母さんは父さんがいるときは飲まないんですか」
園佳が呟いた。
「うん。それが結婚して半年くらいの頃のことかな。その後、園佳さんと佳貴くんが産まれて、二人が小学校に上がった頃から飲みに付き合わされるようになって、それ以来はだいたい俺が相手をしている。……しんどいときに甘えられなかったことが、姉さんにはきつかったんだな」
譲は顔をふすまに向けた。
「蛙前、姉さんを運んであげてもらえるか。俺と渡はそろそろ帰るから」
ふすまがスッと開いて、蛙前が顔を出した。
「かしこまりました。奥様、お立ちになれますか?」
「無理。譲、運んで」
「まったく。今日は渡もいるし、俺はさっさと帰るよ」
「やだ」
「やだじゃないよ」
美佳を抱えて譲が立ち上がった。
蛙前が先導する。
「姉さんを寝かせたら戻るから、渡は食べ終えておいて。園佳さんは悪いね。愚息のせいで揉めちゃって」
「いえ。私はなにも。どちらかと言えば、悪いのは愚弟ですので」
園佳は苦笑して首を横に振った。
部屋を出る直前、美佳がふと顔を上げた。
「渡、透に伝言を頼む」
「なんでしょうか」
渡が顔を上げると、美佳は微笑んだ。
「『娘がほしければ、筋を通せ』と伝えてくれ」
「わかりました、伯母上。今日はありがとうございました」
「いいよ、おもしろかったから」
美佳は笑って、譲から離れた。
「譲も適当に食べて、適当に帰れ。普通に帰って、普通に明日の朝来てくれ。それが私がお前に望むことだ」
「はいはい、わかってるよ。ありがとう姉さん。おやすみなさい」
「……譲は、わかってくれるのになあ。おやすみ、また明日」
美佳は寂しそうに微笑んで、蛙前と共に去って行った。
「そりゃ、俺は弟だからわかるよ。でも貴生さんは他人なんだから、言わなきゃわからないのにね」
譲は腰を下ろして、箸を取った。
美佳の世話をしていた譲は、ここまでほとんど食べていない。
「譲叔父さんの気が利きすぎるのがいけないんですよ。母さんはすっかり叔父さんに甘えてしまって」
「そう言われると、そうなんだけどね。貴生さんとうまくいかなくて落ち込んでいたから、ついつい甘やかしちゃったんだ」
特に悪いとも思ってなさそうな顔で、譲は箸を進めていた。
渡はお腹いっぱいになったので箸を置き、茶を飲んだ。
しばらく迷ってから、渡は顔を上げて園佳の方を向いた。
「……園佳姉さんは、透兄さんが筋を通したら、受け入れる?」
「それは渡に言うのは違うでしょ」
園佳が微笑んだ。
その笑顔が答えだった。
渡がつい口を挟むと、譲は困ったようにこちらを見た。
美佳は譲の腕にもたれ、うとうとしていた。
「貴生さんと上手くいかないと、こうなりがちだな。……昔、姉さんが貴生さんと飲んで甘えたときに、『そんなふうに甘える美佳は、少し違うと思う』と言われたらしくて」
「だから、母さんは父さんがいるときは飲まないんですか」
園佳が呟いた。
「うん。それが結婚して半年くらいの頃のことかな。その後、園佳さんと佳貴くんが産まれて、二人が小学校に上がった頃から飲みに付き合わされるようになって、それ以来はだいたい俺が相手をしている。……しんどいときに甘えられなかったことが、姉さんにはきつかったんだな」
譲は顔をふすまに向けた。
「蛙前、姉さんを運んであげてもらえるか。俺と渡はそろそろ帰るから」
ふすまがスッと開いて、蛙前が顔を出した。
「かしこまりました。奥様、お立ちになれますか?」
「無理。譲、運んで」
「まったく。今日は渡もいるし、俺はさっさと帰るよ」
「やだ」
「やだじゃないよ」
美佳を抱えて譲が立ち上がった。
蛙前が先導する。
「姉さんを寝かせたら戻るから、渡は食べ終えておいて。園佳さんは悪いね。愚息のせいで揉めちゃって」
「いえ。私はなにも。どちらかと言えば、悪いのは愚弟ですので」
園佳は苦笑して首を横に振った。
部屋を出る直前、美佳がふと顔を上げた。
「渡、透に伝言を頼む」
「なんでしょうか」
渡が顔を上げると、美佳は微笑んだ。
「『娘がほしければ、筋を通せ』と伝えてくれ」
「わかりました、伯母上。今日はありがとうございました」
「いいよ、おもしろかったから」
美佳は笑って、譲から離れた。
「譲も適当に食べて、適当に帰れ。普通に帰って、普通に明日の朝来てくれ。それが私がお前に望むことだ」
「はいはい、わかってるよ。ありがとう姉さん。おやすみなさい」
「……譲は、わかってくれるのになあ。おやすみ、また明日」
美佳は寂しそうに微笑んで、蛙前と共に去って行った。
「そりゃ、俺は弟だからわかるよ。でも貴生さんは他人なんだから、言わなきゃわからないのにね」
譲は腰を下ろして、箸を取った。
美佳の世話をしていた譲は、ここまでほとんど食べていない。
「譲叔父さんの気が利きすぎるのがいけないんですよ。母さんはすっかり叔父さんに甘えてしまって」
「そう言われると、そうなんだけどね。貴生さんとうまくいかなくて落ち込んでいたから、ついつい甘やかしちゃったんだ」
特に悪いとも思ってなさそうな顔で、譲は箸を進めていた。
渡はお腹いっぱいになったので箸を置き、茶を飲んだ。
しばらく迷ってから、渡は顔を上げて園佳の方を向いた。
「……園佳姉さんは、透兄さんが筋を通したら、受け入れる?」
「それは渡に言うのは違うでしょ」
園佳が微笑んだ。
その笑顔が答えだった。