月のうさぎと地上の雨男
 公園までの道すがら、凪は楽しそうにゴールデンウィーク中の話をしていた。

 休みの間、悠人(ゆうと)がずっと地球にいたので夕飯を毎日一緒に摂っていたそうだ。

 悠人はもちろん会食などの誘いも多かったけど、彼の家族愛は有名だったので会食はすべて昼に済ませたらしい。


「だからね、ごはんのときに渡くんがどれだけ素敵な人か、たーくさん自慢しといたから」

「そ、そっか」


 愛娘からひたすら彼氏の話を聞かされた悠人に同情しつつ、渡は恋人の言葉に耳を傾けた。

 駅を抜けて、二人はクレープ屋までやって来た。


「今更ですけど、買い食いって大丈夫なんですか?」


 渡が猿渡を見上げると、彼は小さく頷いた。


「休みの前からお嬢様が行きたいとおっしゃっていましたので、事前に調査済みでございます。どうぞ、お好きなクレープをお召し上がりください」


 猿渡が言うと、凪がニヤッと笑った。


「私も反省したんだ。やりたいことがあるなら、ちゃんと準備しないとってね。渡くん、どれ食べようか」


 凪の笑顔に、渡はそっと胸をなでおろした。

 彼が何より守りたかったものだ。

 結局、店員にお勧めを聞いて、シンプルなイチゴのクレープとバナナのクレープを一つずつ買った。

 公園のベンチで並んで食べる。


「クリームがふわふわでおいしい」

「そうだね。生地ももちもちだ」

「……(あや)がね、風間さんにフラれたんだって」

「えっ!?」


 さらりと言われた言葉に、渡は吹き出しそうになった。

 宗輔は、今日一日そんなそぶりを見せていなかったからだ。

 ゴールデンウィーク前だって、綾と仲良くやっているような、のろけ話を何度も聞かれていたのに。


「なんで? 宗輔は綾さんのこと気に入ってそうだったけど」

「うん。それは間違いないみたい。綾は風間(かざま)さんのことすごく頼れる素敵な殿方って言ってるし、風間さんもまんざらでもなさそうなんだけど」


 凪はクレープをかじりながら、言葉を選んでいた。


「ほら、綾はまだ中学生だから」

「あー、あー……そうだね」

「成人男性が未成年と正式にお付き合いは、家柄から考えても難しいって断られたってさ」


 渡はほんのりダメージを受けつつ、やんわりと頷いた。

 凪と渡も、そういう意味では成人男性と未成年だが、年齢差は二歳で(渡の誕生日が来ても三歳だ)。なんやかんやの末に両家にも認められたので、さほど支障はない。

 しかし、大学生と中学生と言うと、それだけで途端にいかがわしくなる。


「綾さん、何歳だっけ」

「今年十五歳。来年高校生」

「じゃあ宗輔とは五歳差かあ。還暦過ぎたら気にならない年の差だけど……」

「まだ中学生だからね、さすがに。綾も分かってはいても落ち込んでいたよ」

「それは、そうだろうねえ」


 しかし宗輔は風間の跡取りで、綾は月詠の次女だ。

 よほどのことがない限り、綾は天皇家か晴原、雨水、風間あたりの家と政略結婚するのが無難と言えるのだ。

 ただ、晴原で綾と歳が近い子供は女の子ばかりで、雨水だと渡か佳貴になる。さすがに綾を佳貴に嫁がせるとは考えにくいので風間というのは現実的ではある。


「だからね」


 凪は渡のクレープをかじりながら、小さく笑った。


「パパに、風間の跡取りと婚約できないか聞いてた」

「行動力がすごい」

「ね。パパ、白目剥いてたよ。私だけじゃなくて綾まで!? ってね」

「月詠氏が不憫になってくるな。俺が言うのもアレだけど」

「ダメじゃないから、悩んでたよ。で、ママと相談した。ママから風間家に打診まではいかないけど、雑談を振ってみて、様子を見るって」

「妥当だと思う」


 渡は残りのクレープを凪に譲り、お茶を飲んだ。

 受け取った凪は、残りを一口で食べた。


「でもね、ママは綾と風間さんがいい感じなの知ってるから、たぶん内定させてくると思うよ」


 はたして、宗輔の耳にはいつ届くのだろう。

 今度探りを入れてみようか。

 クレープを食べ終えた後は、公園内を散歩しながらまた互いの近況や、家の話をした。

 (ゆう)はまだ渡のことを認めてはいないが、少なくとも凪に対してとやかく言わなくなったらしい。


 渡には一つ気になっていることがあった。

 凪に言うようなことではないけれど、はたして。



< 106 / 114 >

この作品をシェア

pagetop