月のうさぎと地上の雨男
 それぞれ買ってフードコートに向かった。

 食べ物は凪が自分で買う許可が下りなかったため、蟹沢が買いに行く。その間に二人はペンケースの入れ替えをした。


「渡くんのシャーペンかっこいいねえ」

「そう? 家にあったやつだよ。そういえば俺もあまり自分でこういうのを買わないな。いつの間にか蛙前(かわずまえ)が用意しているから」

「お手伝いさん?」

「そう。家のことをしてくれてるのが蛙前。あと父の秘書の滝草(たきくさ)がいる」

「じゃあそのシャーペンも蛙前さんが用意したものなんだ」

「たぶんね。中学くらいからずっと使ってる気がする」


 渡がペンをクルッと回すと、凪はペンと渡を見比べた。


「……ほしいって言ったら、渡くん、困る?」

「ぼろぼろだよ?」

「それがいいんじゃない」

「もっとちゃんとしたのを買いに行くか贈るかするよ」

「それがいい」

「そう?」

「代わりに私が使ってるのあげるね」


 凪が差し出したのは月の他国領メーカーのシャーペンで、よく見るとナンバリングが入っている。


「これ……もらって大丈夫ですか?」


 思わず渡が猿渡に聞くと、「大丈夫です」と彼は頷いた。


「月の英国領の品ですが、月詠本家に予備がございますので」

「なら、ありがたくもらいます。ありがとう、凪」

「ううん、こちらこそ」


 ペンケースを片付けたところへ、蟹沢が二人分のクレープを持って戻ってきた。


「すみません、僕の分まで」

「奥様より、仰せつかっておりますので」

「ありがとうございます」

「渡くん、おいしいよ、これ」

「鼻にクリームついてる」


 渡は凪の鼻の頭についてクリームを指で掬い取り、舐める。

 凪はそわそわしながら続きを食べている。


「おいしいね。凪、こっちも一口食べる?」

「いいの? ありがとう」


 言ってから、食べかけを差し出すのは失礼だったかと思ったけど、凪は嬉しそうだしボディガード二人も何も言わないから、たぶん大丈夫なのだろう。

 渡は凪とクレープを交換して、それぞれ食べる。

 食べ終えると、既に夕方だった。


「そろそろ帰ろうか」

「やだあ」


 立ち上がる渡の手を、凪がふくれ面で引っ張った。

 渡は座り直して凪を覗き込む。


「凪、次はどこに行きたい?」

「次? うーん……じゃあ、外を散歩したい。雨の日がいいな。また、渡くんの傘に入れてほしい」

「わかった。最後に月を見よう。散歩したい場所を考えておいてよ。俺も凪と行きたい場所を探しておくから」

「うん……」


 ふくれたままの凪の手を引き、渡は今度こそ立ち上がった。

 凪は不満そうな顔のまま、渡の腕にしがみついて着いていく。

 車に戻り、そのまま渡の家まで送ってもらった。渡が降りようとすると、凪がしょんぼりした顔で手をつかんだ。


「車だとハグもチューもできない」


 ムスッとボディガード二人を睨む凪に、渡は思わず笑ってしまった。

 渡もしたいけれど、黙っていたのに。


「お嬢様、必要とあらば見ていないふりをいたしますが」

「じゃあそうして」


 凪はシートベルトを外して、渡の真横に移動した。

 渡が腕を広げると、凪は抱きついて胸に顔を埋める。


「行かないでよ」

「行かなくて済むようになるまで、もうちょっと待って」

「どのくらい?」

「……せめて、凪が高校を出ないと」

「むう」


 渡はふてくされる恋人の前髪を避けて、顔を寄せる。

 凪が嬉しそうに顔を上げたので、渡が何度か触れると、やっと彼女は身体を離した。


「渡くん、またね。寝る前に連絡するから」

「わかった、待ってる」


 車から降りた渡は、マンションのロータリーから車が出て行ったあとも、しばらく夜風に吹かれていた。
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