月のうさぎと地上の雨男
「凪、少しだけ月を見ていこうか」

「うん」


 猿渡がアウトドアチェアを車の近くに並べてくれたので、ありがたく座る。

 車に背を向けて座ると、それだけでけっこう暗くて、渡はなんとなく身震いした。

 空には三日月が輝いている。


「ねえ、凪。月がきれいだ」

「このまま時が止まればいいのに」


 呟く凪に、渡が微笑んだ。


「それは困る」


 不思議そうに凪が渡を見上げた。

 渡は、もう一度まっすぐに月を見上げた。


「今度、一緒に映画を見に行きたいんだ」

「いいねえ。私ね、映画館に行ってみたい」

「行ったことない?」

「ない。友達と映画見るってなると、誰かの家でホームシアターで見てたから」

「そっか」


 渡は頷いて月を見上げた。

 三日月の周りにはたくさんの小さな星が散っている。

 凪があの明るい月ならば、自分はきっと見えもしない星屑だろうと渡は思う。

 つい家の格差で卑屈になってしまうけれど、それでも彼女が自分を選んでくれたのなら、できることをしたい。あわよくば、ずっと自分を好きでいてほしいと、渡は思っている。

 そんな渡の考えを見透かしたように、凪は彼を見た。


「月が傾く前に、あなたに出会えて本当に良かった」

「それは俺のセリフだよ。君に会えて良かった」

「渡くん、そろそろ戻ろうか」

「そうだね、冷えてきた」


 渡が頷いて立ち上がると、凪が口元に手を当てて背伸びをした。


「あのね、この椅子だと渡くんにくっつけないから、そろそろ寂しくなってきたの」

「……車に戻ろうか」


 渡がアウトドアを畳むと、猿渡がやってきて凪の分と一緒に片付けてくれる。

 キャンピングカーの後部座席に乗り込んだら、蟹沢が温かいお茶を入れてくれた。

 ありがたいけれど、これは普通の大学生と高校生のデートではないな……と、渡は凪の手を握る。

 小さなそれがひどく冷たくて、渡はつい強く握ってしまった。


「渡くん?」

「ごめん、痛かった?」

「ううん。大丈夫。でも、あんまり握ってると離したくなくなっちゃう」


 凪は笑って渡にもたれかかった。

 車は静かに高速道路を走っている。

 猿渡は運転していて、蟹沢のようすは渡からは見えなかった。


「あのね、キャンピングカーにしたのは、もう一個理由があって」

「うん?」


 凪がひそひそと渡の耳元に口を寄せた。


「運転席から後ろが見えにくいから、キスしやすいでしょ」


 たぶん、見えてると渡は思ったけど、言わなかった。

 月詠のボディガードは優秀だから、きっと見ない振りくらいはしてくれるだろう。


「凪、好きだよ」

「私も、渡くんのこと好きよ」


 渡は凪の肩を抱き寄せて、触れるだけのキスを繰り返した。

 高速道路を降りたら、そっと手を離す。


「帰りたくない」

「俺もだ。凪と会うと、いつもそう思う」

「次も楽しみにしてるね」

「うん。また高校まで迎えに行く」


 互いに寂しくないように、次の話をして気を紛らわせながら、二人は寄り添って窓の外の流れる景色を眺めた。
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