月のうさぎと地上の雨男
 車は都市部から、徐々に農村、山岳地帯へと向かっていく。

 夕方だった空には、星が輝き始めていた。

 やがて山の中の駐車場で車が止まった。


「到着いたしました」

「ここは?」

「キャンプ場です。たき火などもできますよ」

「凪、したい?」

「んー、今回はいいかな。少し散歩してもいい?」

「キャンプ場とはいえ夜ですし、山の中ですので、今回は……」

「そっかあ」


 猿渡と蟹沢が車から降りて、後部ドアを開けた。

 手際よくタープを張り、簡易テーブルとベンチを並べる。

 渡と凪も車から降りて、ボディガード二人が支度をするのを眺めたり、並んで星を見た。

 秋の山の上は、思っていたよりずっと寒い。

 テーブルにはサンドイッチとサラダ、スープに渡が持ってきた飲み物とデザートも並んでいた。


「準備が整いました」

「ありがとう。お腹空いちゃった」


 凪は笑顔で渡の手を引いてベンチに座った。


「渡くんも一緒に食べよう」

「うん、いただきます」


 二人は並んでサンドイッチを食べる。

 渡は久しぶりにサンドイッチを食べたとぼんやり思いながら、凪を見た。


「おいしいねえ」

「そうだね。凪はなんでも美味しそうに食べるよね」

「そ、そうかなあ」

「俺、凪と食事するの好きだよ」

「渡くん、ときどき恥ずかしいこと言うよね……」


 凪は少し恥ずかしそうにしつつも続きを食べる。


「このサンドイッチやスープは、凪の家のお手伝いの人が作ってくれたんだよね」

「そうだよ。おいしいよね」

「うん。凪はいつもこんなにおいしいの食べてるんだ」


 自宅の食事も、渡はおいしいと思っている。

 蛙前(かわずまえ)がいつも楽しそうに料理をしていることを、渡は知っている。

 でも、目の前のサンドイッチやスープはまた違ったおいしさがあった。

 もしかしたら、月の食材を使っているのかもしれないと、渡は思う。


「ねえ、渡くんが持ってきてくれたデザート食べていい?」

「どうぞ。蛙前が張り切って用意してたよ」


 渡が持ってきたのは、アップルパイやプリン、クッキーといった無難な品だ。

 蛙前曰く、


「どこにでもある普通の品を美味しく仕上げるのが、一番難しいんですのよ」


 ということだ。


「わ、おいしい!」

「そう? よかった。俺も食べよう」


 渡からすればいつもの味だけれど(もちろんおいしいのだが)、凪がおいしいと言ってくれるだけで、いつもよりずっとおいしく感じられた。

 一通り食べ終えて、渡は立ち上がった。


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