空蝉の絶唱
家の近くにある山の裏手。
徒歩40分くらいの所に、古びた神社がある。

何の神様が祀られているのかすらわからない、誰も来ないような寂れた神社。
けれど私は、この場所が気に入っている。

初めて見つけた幼い頃は、秘密の隠れ家みたいでわくわくしてた。今となっては、一人静かに落ち着ける大事な場所だ。

「へっ?!…うわぁっ」

境内へと続く階段を上っていれば、後ろから耳元を掠めるように何かが飛んできて躓いてしまう。

「っ…いったぁ〜」

思いっきり階段で躓いてしまった。でも、咄嗟に手をついたからか怪我は無い。

視線を戻せば、蝉が少し先の大木にしがみつこうとしているところだった。

「もう!びっくりさせないでよね」

文句を言っても、蝉は知らん顔して大声で鳴き始めるだけ。何も考えていなさそうな蝉が、少し憎らしい。

「私だってたまには頭空っぽにして叫びたいよ」

羨ましいと呟きつつ、パッパと膝についた砂を払って階段を上り切った。

「ふぅ。…お邪魔します」

鳥居を潜れば、一気に別世界に来たような気分になる。

古びた境内。苔に覆われた狛犬たち。
建物に使われている木材は、歴史の長さを証明するように角が取れて黒ずんでいた。
大きな木々に囲まれた、小さくて古い静かな神社。

「ふふっ」

古めかしい手水屋で両手を清めれば、その冷たさに笑みが溢れた。

生い茂った木々のおかげで木陰が多く、ここは居心地がいい。
これで空気が生ぬるくなければなお良かったのに、勿体ない。

「よっと。失礼しまーす」

人がいないのをいいことに、私は本殿へと続く木造の階段を上って腰を下ろす。

相変わらず空気は生ぬるいけれど、この神社の物静かな雰囲気は、私の心を浄化してくれるようで心地がいい。

風が木々の隙間を通り抜けて、涼しげな音が響いている。
空は雲一つなく透明で、どこまでも青い夏の色。

こうやって景色を眺めていると、悩みとか不安が些細なものだって思えるような気がした。

そのまま壁に寄り掛かってぼーっとしていれば、少しずつ瞼が重くなってくる。

「ふぁ〜…ちょっ…と…だけ」

私は寝不足の所為で膨れ上がる睡魔に抗えず、あっさり意識を手放した。
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