空蝉の絶唱
「ーーぉうぶ?…ねぇ、大丈夫?」

知らない声…いや、どこかで聞いたことがある声だ。

…誰だっけ?
緩慢な動きで瞼を持ち上げ、体を起こす。

「あ、よかった。目が覚めた?」

眼前にあったのは、ぎょっとする程綺麗な顔。
切れ長な目、白く透き通った肌、シュッとした輪郭。たしか、3組の…氷の王子?とか呼ばれていたような。

「え?…あ、王子、おはよう?」
「ははっ。おはよう、眠り姫。と言ってもお昼前だけどね」

コミカルに肩を竦めて笑った彼は、すぐに眉をハの字にすると困り顔を作る。

「何かあったの?…怖い夢でも見た?」

そんな言葉と共に、スムーズにハンカチを差し出してくれる。
なるほど。これは確かに『王子様』だ。

「あ…はは…いつものことだから気にしないで!心配かけてごめんなさい」
「そっか」
「うん。…えっと、ハンカチありがとう王ーー柊山(くりやま)くん。明日…じゃないか、明々後日?…これ、いつ返せばいいかな?」

私が「柊山くん」と呼んだその一瞬、彼の顔が曇った気がした。

(みなと)でいいって。…俺、毎朝ここに通ってるんだよ。だからハンカチ返すのはいつでも大丈夫」

毎朝ってことは、湊も散歩してるのかな。

「うん。了解」
「さてと、もう昼だしそろそろ帰ろうか。家まで送るよ、雪菜」

ナチュラルに名前で呼ばれて、心臓が跳ねる。
距離の詰め方がえげつないよ湊さん…。これが、王子クオリティ?

「えっ…あ、あの…。ありがとう。…湊」
「おう!」

湊はとても嬉しそうに笑った。つられて私まで笑顔になる。

帰り道、湊とたくさん話をした。
好きなもの。趣味。学校でのこと。最近あった面白い出来事。

色々な話をしたのに、彼は私が泣いていた理由を聞こうとはしない。

氷の王子なんて呼ばれているけれど、湊の周りは優しくあたたかな空気が漂っていた。

同じ高校に通う仲間として、少し話すくらいなら普通だよね。なんて彼と関わるための言い訳ばかり考えて。

明日が楽しみだなんて、いつぶりだろう。

ーー湊のこと、もっと知りたい。
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