総長は、甘くて危険な吸血鬼 Ⅱ
【side叶兎】
ドクン、と心臓が音を立てた。
一瞬、息の仕方を忘れてしまう。
パイプ椅子に座った俺の目の前に立って真っ直ぐに俺の目を見つめてくる胡桃の瞳が、あまりにも綺麗で、迷いがなさすぎて。
反射的に手が動いて、胡桃の頬にそっと触れようとする。
でも、伸ばしかけた指先がピクリと震えてしまい、触れる直前でギュッと強く握り込んだ。
「……分かってる。」
自分に言い聞かせるように、震える声を絞り出した。
体内の状態がもう正常に戻っていることなんて、誰に言われなくたって自分自身の感覚でちゃんと分かっている。
それなのに、どうしてもこの距離を自分から縮めることができない。
胡桃の前に踏み出すのが怖い。
何より、自分自身の「本能」が怖くてたまらなかった。
言葉では分かっていると言いながら、俺の体は鉛のように重く、すくんだように動かない。
あの時の感覚が、まだ……脳裏から消えてくれない。
胡桃と契約をしてから、俺はカプセル以外は胡桃の血しか飲むことができない。
そしてあの男に投与された謎の合成血は、俺の体内にある『血への渇望』を、異常なまでに増幅させた。
理性を一瞬で焼き切って、化け物に変えてしまうほどに。
あの時に味わった脳が痺れるような血の甘みと熱を、俺の体が鮮明に覚えてしまっている。
「……もう二度と、傷つけないって、あの時誓ったのに……っ」
自分の声が、情けないくらいに小刻みに震えていた。