箱入り令嬢ですが恋がしたいのです〜選ばれなかった御曹司に溺愛されて結婚します〜
その日私は体調不良を理由に仕事をずる休みしてしまった。鏡に映る自分の泣き腫らした顔を見てゲンナリする。
――ひどい顔……。
何度も涙を拭ったせいで目元が赤く腫れてしまった。鼻も真っ赤で化粧なんかもう取れている。こんな泣き腫らした顔で何が出来るというのだ。逃げるなんて情けないとは思うが今日だけは許してほしいと心の中で訴える。
――あんなこと言ったあとで、玄野さんと顔を合わせるなんて無理。
まして普通に仕事ができる自信などなかった。玄野さんにはまた迷惑をかけるのはわかっていても、この顔で仕事をする勇気がなかった。
「佳乃? 大丈夫? 体調が悪いってどこが辛いの?」
朝早くに出る、と顔も合わせず出た私が戻ったことを玄関先で迎えてくれたお手伝いさんから聞いたのだろう。扉の向こうから、ママが心配そうに声を掛けてきた。その声になんと返そうかと言葉に迷う。
「うん、へ、平気。ちょっと気分が悪くなって……」
「佳乃、あなた泣いてるの?」
ママに誤魔化せるわけがない、声でバレてしまう。
「入っていい? 入るわよ?」
良いと返事をする前に、そもそも返事などあってないようなもの。ママはそう断りの言葉だけ気休めのように告げるといきなり部屋の扉を開けてきた。それに振り向く気にもなれない。私はベッドに腰かけて俯いたまま顔を上げることができずにいる。
「佳乃……どうしたの? なにかあったの?」
膝まずき顔を覗き込まれて頬を温かな手で撫でられたらダメだった。止まったはずの涙がまたじわりと滲みだすから。
「可哀想に……こんなに泣き腫らして……一体なにがあったの? 職場で誰かに嫌なことでもされたの?」
「違うよ、そんなんじゃ……」
「仕事が辛いんじゃないの? 最近は帰りも遅いしずっと頑張って……あなたの身体を心配していたのよ。無理しているんじゃないかって。佳乃は頑張ると決めたら周りの声が聞こえなくなっちゃうから……パパの手前しんどいとも言えなかったんじゃないの? 強がるみたいに意地になって就職したから」
意地にはなっていた。あの時はこのチャンスを逃せないと。それも今になっては滑稽だ。
「ホントだよね……馬鹿みたい」
「佳乃?」
「私が働くなんか、無理だったんだよ。パパだってそれがわかって……」
社会で学べなどと言って、怒られることも反省する機会さえも与えてくれなかった。
「もう、辞めようかな」
「え?」
「ふふ……私には無理なのかもしれない」
みんながしているような当たり前のこと、普通の暮らしなんかやはり無理なのだ。
ひとりの人間として、なにも縛られることのない「巳波佳乃」として歩いていく世界線はどこにもない。
そのときはもう泣き疲れて頭もぼうっとして、あらゆることに無気力になっていた。
すぐにママが温かいココアを用意してくれて背中を優しく撫でられながらその優しい甘さに救われて、身体の芯から温まるとドッと疲れが押し寄せた。昨夜はほぼ眠れていなかった、そこに泣いた瞼は重くのしかかり、私はそのまま深い眠りに落ちてしまった。
何気なくこぼしてしまった弱音が引き金となり、あのあと逆上したママがパパに直談判し、私の与り知らぬところで退職の手続きが完結してしまっていることを知るのは、翌朝のことだった。
――ひどい顔……。
何度も涙を拭ったせいで目元が赤く腫れてしまった。鼻も真っ赤で化粧なんかもう取れている。こんな泣き腫らした顔で何が出来るというのだ。逃げるなんて情けないとは思うが今日だけは許してほしいと心の中で訴える。
――あんなこと言ったあとで、玄野さんと顔を合わせるなんて無理。
まして普通に仕事ができる自信などなかった。玄野さんにはまた迷惑をかけるのはわかっていても、この顔で仕事をする勇気がなかった。
「佳乃? 大丈夫? 体調が悪いってどこが辛いの?」
朝早くに出る、と顔も合わせず出た私が戻ったことを玄関先で迎えてくれたお手伝いさんから聞いたのだろう。扉の向こうから、ママが心配そうに声を掛けてきた。その声になんと返そうかと言葉に迷う。
「うん、へ、平気。ちょっと気分が悪くなって……」
「佳乃、あなた泣いてるの?」
ママに誤魔化せるわけがない、声でバレてしまう。
「入っていい? 入るわよ?」
良いと返事をする前に、そもそも返事などあってないようなもの。ママはそう断りの言葉だけ気休めのように告げるといきなり部屋の扉を開けてきた。それに振り向く気にもなれない。私はベッドに腰かけて俯いたまま顔を上げることができずにいる。
「佳乃……どうしたの? なにかあったの?」
膝まずき顔を覗き込まれて頬を温かな手で撫でられたらダメだった。止まったはずの涙がまたじわりと滲みだすから。
「可哀想に……こんなに泣き腫らして……一体なにがあったの? 職場で誰かに嫌なことでもされたの?」
「違うよ、そんなんじゃ……」
「仕事が辛いんじゃないの? 最近は帰りも遅いしずっと頑張って……あなたの身体を心配していたのよ。無理しているんじゃないかって。佳乃は頑張ると決めたら周りの声が聞こえなくなっちゃうから……パパの手前しんどいとも言えなかったんじゃないの? 強がるみたいに意地になって就職したから」
意地にはなっていた。あの時はこのチャンスを逃せないと。それも今になっては滑稽だ。
「ホントだよね……馬鹿みたい」
「佳乃?」
「私が働くなんか、無理だったんだよ。パパだってそれがわかって……」
社会で学べなどと言って、怒られることも反省する機会さえも与えてくれなかった。
「もう、辞めようかな」
「え?」
「ふふ……私には無理なのかもしれない」
みんながしているような当たり前のこと、普通の暮らしなんかやはり無理なのだ。
ひとりの人間として、なにも縛られることのない「巳波佳乃」として歩いていく世界線はどこにもない。
そのときはもう泣き疲れて頭もぼうっとして、あらゆることに無気力になっていた。
すぐにママが温かいココアを用意してくれて背中を優しく撫でられながらその優しい甘さに救われて、身体の芯から温まるとドッと疲れが押し寄せた。昨夜はほぼ眠れていなかった、そこに泣いた瞼は重くのしかかり、私はそのまま深い眠りに落ちてしまった。
何気なくこぼしてしまった弱音が引き金となり、あのあと逆上したママがパパに直談判し、私の与り知らぬところで退職の手続きが完結してしまっていることを知るのは、翌朝のことだった。