箱入り令嬢ですが恋がしたいのです〜選ばれなかった御曹司に溺愛されて結婚します〜
 突然告げられる言葉に理解が追いつかない。

「ま、待って? 嘘でしょう? 本当なの?」

 問いかける私を無視するようにティーカップに口づけるママはなにと言ってくれない。

「ママ! どうしてそんな勝手なことするの!? ひどい……っ!」
 
 思わず声を荒げる私に、ママはゆっくり瞼を開けるとティーカップをソーサーに戻した。カチャリ、と硬い音が静かなダイニングに響く。開かれた瞳がジッと私を見つめてきて淡々と言う。
 
「ひどいこと? 大事な娘が辛いと泣き腫らしてどうして黙って見ていられるのよ。あなたの我儘には応えてあげたわ。それも最初に約束したわよね? 覚えてないなんて言わせないわよ?」
 
 その力強い声色に一瞬息を呑む。ママの口から放たれる「約束」……忘れるわけがない。

「来週、あなたには玄野家の長男――玄野貴政(たかまさ)さんと会ってもらいます。正式なお見合いが決まったわ」

「……っ!」

「お見合い相手が決まれば仕事は辞める、佳乃がそう言ったのよ」
 
 喉の奥がカッと熱くなる。昨夜、ママのココアで救われたと思ったのはただの錯覚だった。ママが撫でてくれたあの手は、私を癒やすためのものではなく、鳥籠の外へ羽ばたこうとする私の翼を優しく、けれど確実に(むし)り取るためのものだったのか。

「これから忙しくなるのよ? あなたはその時のために今までいろんな時間を積み重ねてきたでしょう? あなたがビジネスのことを学んだり支える必要なんかないのよ。あなたはあなたを幸せにしてくれる旦那様のそばで愛されて暮らしていけばいいのよ」

 それが私の幸せだ、そう言うようにママはなんの疑いもしない瞳で微笑んでいる。その優しい微笑みがどうしてこんなに私の胸を締め付けるのだろう、どうしてこんなに悲しくさせるのだろう。ママは私のために、私の幸せを願っているだけなのに。それを素直に喜ばない私は親不孝な娘なのだろうか。私が、間違っているのか。

 ――私の望むことは、誰も幸せにしないのね。パパもママも、そして玄野さんにとっても……。
 
 「……わかりました」

 私はダイニングの椅子に腰を下ろす。自分の足で立つのが疲れた。もう、どこにも行かなくていい。

「楽しみねえ、佳乃! お見合いの日まで時間は限られているわ! いろいろ準備を始めましょう!」

 両手を広げて喜ぶママに、私は力ない笑みを浮かべて並べられる朝食に手を伸ばすのだった。
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