『君のためを思って』と婚約者に言われ続けたので『自分のため』に生きることにしました【短編】
「君のためを思って言っているんだよ、シャルロッテ?」
ハインリヒ公爵令息のいつもの口癖がはじまった。この言葉を聞くと、シャルロッテ侯爵令嬢はぎゅっと心臓が縮こまる気がする。
「聞いているのか、シャルロッテ」
「はい……」
王立学園の食堂の一角。ざわざわと生徒たちの活気ある声が聞こえてくる。
しかしシャルロッテの耳には、婚約者の険しい声しか届いていなかった。
ハインリヒはうんざりした様子で、大仰にため息をついてみせる。
「いいか? 令嬢がそんなはしたないことを言ってはいけない」
「ですが、学園祭のパーティーは婚約者同士で参加するのが形式ですし……」
「だからと言って、君のほうから僕を誘うだなんて……。もう開いた口が塞がらないよ」
「はぁ……」
さっきから堂々巡りで、シャルロッテは困惑が隠せなかった。
学園祭のパーティーは、社交界の大事な行事の一つだ。そこには学生だけではなく、王族や高位貴族も参列する格式の高いものなのだ。
なので王宮が主催するような本場の社交界と同等に、パートナーとの参加義務がある。
シャルロッテも他の貴族子女たちと同様に、婚約者との衣装合わせや当日のスケジュールの相談をしたかったのだが……。
「僕は、君がそんなはしたないことを言うとは思わなかったよ」
婚約者のハインリヒは、「令嬢のほうから殿方を誘うのは下品なこと」だと、さっきから滾々と彼女に言い聞かせているのだった。
「申し訳ありません……」
シャルロッテはいつものように頭を下げる。ここまで来ると、彼の溜飲を下げるのはこの方法しかなかったからだ。
(わたくしは、なぜ謝っているのかしら……)
彼女の胸の中に、じわりと悲しみが湧き上がる。それはもやもやした複雑な感情に形を変えて、己を責め立てた。
他の令嬢たちは、婚約者と楽しそうにパーティーの準備を進めている。衣装はどんな風に合わせるか、当日はいつ落ち合ってどういう順番で会場を見て回るか。
そんな楽しそうな会話が耳に入る度に、空虚感のようなものが彼女の胸に渦巻いていっていた。
(ハインリヒ様はどうするおつもりなのかしら……?)
パーティーの日まで一ヶ月を切った日。
このままではドレスの仕立ても間に合わない。なのに婚約者が何も言ってこないのに痺れを切らした彼女は、意を決して彼に尋ねてみた。
そうしたら、これだ。
ハインリヒは、まるでシャルロッテが悪者かのように叱責してくる。
「シャルロッテは侯爵令嬢という立場だ。国でも有数な高位貴族だ。君は自分の地位を分かっているのか?」
「え、えぇ……」
「だったら、下位貴族のように下世話なことで騒いだりしてはいけない。これは、君のためを思って言っているんだ。侯爵令嬢として、品位を落とすことはやめるように」
「かしこまりました……」
ハインリヒは満足げな様子で踵を返す。その力強い足取りで去る様子を、シャルロッテは寂しそうに見つめていた。
彼はいつもこうだ。自分の意見だけを一方的に告げ、婚約者の意見など一度たりとも聞いたことはない。なので、彼女はただ頭を下げて頷くしかない。
ハインリヒ公爵令息のいつもの口癖がはじまった。この言葉を聞くと、シャルロッテ侯爵令嬢はぎゅっと心臓が縮こまる気がする。
「聞いているのか、シャルロッテ」
「はい……」
王立学園の食堂の一角。ざわざわと生徒たちの活気ある声が聞こえてくる。
しかしシャルロッテの耳には、婚約者の険しい声しか届いていなかった。
ハインリヒはうんざりした様子で、大仰にため息をついてみせる。
「いいか? 令嬢がそんなはしたないことを言ってはいけない」
「ですが、学園祭のパーティーは婚約者同士で参加するのが形式ですし……」
「だからと言って、君のほうから僕を誘うだなんて……。もう開いた口が塞がらないよ」
「はぁ……」
さっきから堂々巡りで、シャルロッテは困惑が隠せなかった。
学園祭のパーティーは、社交界の大事な行事の一つだ。そこには学生だけではなく、王族や高位貴族も参列する格式の高いものなのだ。
なので王宮が主催するような本場の社交界と同等に、パートナーとの参加義務がある。
シャルロッテも他の貴族子女たちと同様に、婚約者との衣装合わせや当日のスケジュールの相談をしたかったのだが……。
「僕は、君がそんなはしたないことを言うとは思わなかったよ」
婚約者のハインリヒは、「令嬢のほうから殿方を誘うのは下品なこと」だと、さっきから滾々と彼女に言い聞かせているのだった。
「申し訳ありません……」
シャルロッテはいつものように頭を下げる。ここまで来ると、彼の溜飲を下げるのはこの方法しかなかったからだ。
(わたくしは、なぜ謝っているのかしら……)
彼女の胸の中に、じわりと悲しみが湧き上がる。それはもやもやした複雑な感情に形を変えて、己を責め立てた。
他の令嬢たちは、婚約者と楽しそうにパーティーの準備を進めている。衣装はどんな風に合わせるか、当日はいつ落ち合ってどういう順番で会場を見て回るか。
そんな楽しそうな会話が耳に入る度に、空虚感のようなものが彼女の胸に渦巻いていっていた。
(ハインリヒ様はどうするおつもりなのかしら……?)
パーティーの日まで一ヶ月を切った日。
このままではドレスの仕立ても間に合わない。なのに婚約者が何も言ってこないのに痺れを切らした彼女は、意を決して彼に尋ねてみた。
そうしたら、これだ。
ハインリヒは、まるでシャルロッテが悪者かのように叱責してくる。
「シャルロッテは侯爵令嬢という立場だ。国でも有数な高位貴族だ。君は自分の地位を分かっているのか?」
「え、えぇ……」
「だったら、下位貴族のように下世話なことで騒いだりしてはいけない。これは、君のためを思って言っているんだ。侯爵令嬢として、品位を落とすことはやめるように」
「かしこまりました……」
ハインリヒは満足げな様子で踵を返す。その力強い足取りで去る様子を、シャルロッテは寂しそうに見つめていた。
彼はいつもこうだ。自分の意見だけを一方的に告げ、婚約者の意見など一度たりとも聞いたことはない。なので、彼女はただ頭を下げて頷くしかない。
< 1 / 10 >