『君のためを思って』と婚約者に言われ続けたので『自分のため』に生きることにしました【短編】


「君のためを思って」

 それがハインリヒの口癖だった。まるで幼子を諭すみたいな口ぶりで。

 シャルロッテが流行のオーガンジーのドレスを着ても、「君のためを思って」――令嬢が不必要に肌を出してはいけないと、露出のない時代遅れのデザインのドレスを着させて。

 シャルロッテが学問に打ち込もうとしても、「君のためを思って」――令嬢が必要以上の教養を身に付けるのは不幸になると教科書を取り上げて。

 彼は「君のためを思って」を理由に、婚約者の言動を支配していた。
 それを彼女は窮屈に感じて、一度だけ両親に相談したことがある。

 だが。

「公爵令息はお前のためを思って(・・・・・・・・・)言ってくださっているのだ」

 そう父に一蹴されて、母からも根気よく説得された。
 彼女は貴族の婚姻とはそういうものだと知った。

 それ以来、彼女はもう不満や疑問を口にしなくなった。
 しかし、その言葉を聞くと、胸に棘がささっていくのを感じるのだ。


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