Bella Notte
 静けさが、まるで金木犀の香りのように、彼女の中にある感情をかき混ぜていく。

 あの日の事を思いだしながら。

 ―――― 22歳、大学卒業を来年に控えた休日。
 その日はもう秋だというのに、暑くて。
 金木犀の香りに切なくなりなった。

 桜井と2人してコンビニで炭酸水を買って飲んでいたら、いきなり知らない男の人に声をかけられた。

 「すみません、いきなり。私はこういうものですが」

 そう言って差し出された名刺には。

 LAPIS LIGHT(ラピス・ライト)
 取締役社長 朝倉 芳信(あさくら よしのぶ)

 そう書いてあり、話を聞くと芸能事務所のスカウトだと。
 桜井は目を丸くして、コンビニで買った炭酸水を零したまま。

「君、すごくカッコいいからモデルとかどうかな」
 すごく胡散臭い話で、桜井は無視していこうとしていたけど。

「今の自分から必ず成長できる。いや、させてみせるから」
 
 熱意のこもった目線は、無視できるものではなかった。
 ふと瞳が合うと、不思議な引力に惹かれるようだった。

 人に見た目で騒がれるのが大の苦手だった桜井。
 後日、事務所に入らせてくださいと答えたのは意外だった。

 内定をもらっていた企業にはきっぱりとお断りしたらしく。

「俺、モデルになれるように頑張る」
 見たこともない爽やかな笑顔で言うから。
「そっか、桜井。頑張って」
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