Bella Notte
前を向いた桜井に盛大に笑われる。
悔しさと恥ずかしさと感謝と、色んな気持ちで涙目になる。こんな顔、見せたらまたからかわれる。
何とか平静を取り戻そうと1人で内なる自分と格闘しながら建物の角を曲がると、どこからか金木犀の香りがする。
視線を上げれば、大きな金木犀の木が目に入る。
その木の下で抱き合う男女が1組。
「あれは、」
そう一言呟くことしかできず、足もその場に縫い付けられた様に動かない。
桜井は私が気付く少し前に気づいた様で、すぐに自分の体を盾に私の視界を遮った。
なので私が目にしたのは一瞬だった。だけどそれで充分。
目の前で桜井が何か言ってるけど全く耳に入ってこない。
痺れを切らしたように乱暴に手を引かれ、廃材置き場への別の道へと連れて行かれる。
視界がぼやけて揺れる。
頬を何かがつたう。
泣いていると先に気づいたのは、私ではなく桜井だった。
振り返った桜井がひどく悲しそうに泣きそうな顔でみつめるから。
「井川くんだった。」
そう一言言うのが精一杯で、立ち尽くして静かに泣く。
「楓、こっち」
桜井が気を利かせて、人気のない美術室の裏へ手を取り連れていってくれる。
廃材を静かに置いて、少し離れた場所から桜井が私をじっと見てくるのが分かる。
私は壁にもたれて力なくズルズルと地面へへたり込んだ。