【完結】【応募版】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで

◆4 結婚


◆◆◆ 4 結婚 ◆◆◆


「タイチ君。私の名前、本当は『玻璃』じゃないの」

 思い掛けない件を告げられる。一瞬、ポカンとしてしまった。

「え……?」

 彼女は詳細を説明してくれた。

「この世界に転生したらしくて。本当の名前を共有する事で、色々あるらしいの。この世界は、前世でプレイしていたゲームの要素も入っていて…………えっと。もしかして私、今めちゃくちゃ中二病な事を言ってる?」

 ぎこちなく微笑む玻璃を見据える。続きを聞く。

「本当の名前を共有した人のルートに入るって言われた。説明してくれた人がいてね。声だけしか聞こえなかったんだけど。……こんな事を言ってるの、自分でもどうかしてるって思うけど…………信じてくれる?」

「信じるよ」

 すぐさま答えた。

 本当は、どうだっていい。この世界の事情なんて構わないんだ。
 ……玻璃の心を奪えるなら。

 相手の目から涙が零れ、胸を締め付けられる思いがする。

「名前を教えたら、元の世界での記憶を呼び起こすらしいの。前の世界で、タイチ君は多分……私の事が嫌いだった。記憶を思い出しても……」

 言われて気持ちが重くなる。薄ら……心当たりがある。思い出してはいないが、今までの話から想像していた。

 前世の未来でオレは、玻璃を邪険に扱っていた?
 玻璃がいるのに、ハーレムなんか作って……玻璃を蔑ろにしていたのではないか?

 背筋が寒くなる。

 玻璃が自らの胸元を押さえ、覚悟を決めたような眼差しを向けてくる。はっきりした声で言われる。

「本当の名前を、聞いてほしい」

 言葉を詰まらせつつ……精一杯、向き合おうとしてくれている。

「私のっ……! 本当の名前はっ……!」

 彼女の本当の名は……――。

 頭の中で反芻した直後、目まぐるしく記憶が流れ込んで来た。記憶を隠していた帳が取り払われたと表現した方がいいのだろうか。とにかく。この時は、それどころではなかった。

 一瞬の内に、多くを知る。

「タイチ君?」

 声を掛けられてハッとする。目を押さえて立ち竦んでいたので、心配させてしまったかもしれない。
 安心させたくて「大丈夫。少し目眩がしただけだ」と、言おうとした。だが、できなかった。前世のオレが経験した内容に、吐き気がして口を覆う。苦いものが喉元に……せり上がってくる。

 慌ててドアを開け、廊下へ出る。トイレへ駆け込む。

 吐いている途中、後方に「彼女」が来ていた。凄く格好悪いところを見られた。情けないからなのか吐いた為なのか、涙が滲む。

「ご……めん。今日はもう帰って」

 彼女の方へ顔を向ける事もできないまま伝えた。

「……うん」

 了承が聞こえる。何かの感情を抑えたような、静かな声だった。


 見す見す……玻璃を家に帰らせた。

 彼女と、お兄さんの仲が進展してしまうかもしれない。
 しかし、この時はどうする事もできなかった。


 教えてもらった。本当の名前を。

 玻璃の本当の名は……『紫織』。


 彼女が帰った後も、まだ少し気分の悪さが残っている。
 落ち着いてから、居間の畳へ仰向けに寝転がる。

「あー……」

 暫く目を閉じていた。
 手に入れた、前世の記憶に凹む。

 え……? オレ、ふつーに酷くない?

 当時は、そう思っていなかったけど。こうやって記憶を知ると、彼女がオレに不安を感じている様子なのも納得する。

 オレが悪い。オレが…………ヘタレだったから……っ!



 高校時代、紫織に告白した。

 ……いや違う。「告白する前に振られた」が正しいな。

 紫織の家で、二人切りで遊ぶ機会があった。小学生の頃から彼女へ、長い片想いをしていたオレは……ここが告げるタイミングと決意し、勇気を振り絞って「オレ、好きな人がいるんだ」と切り出す。

 彼女は一瞬、驚いたように目を見開いている。そして言われた。

「私も」

 まさか両想いだった……?
 喜び掛けた、その時。

「お幸せにね。もう会わないね」

 ぎこちない笑顔で、別れを言い渡される。

「え……」

 戸惑う。紫織を見つめた。

 彼女は何事もなかった風に「ほら、タイチ君の番だよ」と、テレビに映るゲームの画面を指差す。
 ミニゲームを操作しながら、内心では呆然としている。


 解散して家に帰った後も、ずっと考え続けていた。紫織は、オレの好きな子が紫織じゃないと思ったのか? それとも……。

 ヘタレなオレは、本人に確認するのをためらった。

 月日は流れる。次第に疎遠になり、オレは……完全に機会を見失っていた。



 二十代の頃。居酒屋で中学時代の同級生と再会した。

 あまり喋った事のない奴だったが、顔に見覚えがあった。確か、喧嘩が強いと有名だった「拓馬」……?
 相手もオレの事を知っていた。二人で飲み直した。

「お前、三年の途中ぐらいから見掛けなかったけど……転校でもしたの?」

 ふと……中学当時、疑問に思っていた件を聞く。

「いや……ちょっとな……」

 濁された。言いたくない事柄のようだ。深入りせずに、別の話題へ切り替えよう。
 もう一つ、聞いてみたい事があった。

「中学の時さ、オレ……凄く好きな子がいて。…………多分、お前と被ってた……と思う」

 あの頃の拓馬は、紫織の様子をチラチラ見たり……気にしている素振りだったと記憶している。
 息を呑むような気配がする。怖いくらいに、開いた目を向けてくる。

「オレのクラスの奴だろ?」

 確認する。
 拓馬は肯定も否定もせず、顔を横に逸らす。

 え……? 意外と、初心な奴なのか……?
 それとも。答えにくい事を質問したから、気分を悪くさせたかもしれない。

 思考を巡らせている時、拓馬が話に乗ってくる。

「学年で一番……可愛かったのは間違いないな」

 ドクンと心臓が音を立てる。
 やはり。紫織はモテていた。オレなんて眼中になかったのも頷ける。

 動揺する心の内を隠し「ま、そうだな」と相槌を打つ。

 そして――。
 オレは聞いてしまう。

 自分の今まで持っていた価値観を、変えようと決意する程の情報を――。

 拓馬は穏やかな眼差しで言った。

「逆ハーレムのように……男友達の多い女だった」

 口ごもる如く間がある。神妙な様相で相談される。

「…………それでも、まだ好きなんだ」

 拓馬の苦悩を察した。しかも、過去に付き合っていたかのような口振りに感じる。



 拓馬がもたらした情報は、オレに強い衝撃を与えた。

 自分の価値観では、紫織に釣り合わないと思った。オレは今も、未練がましく彼女に片想いしている。異性と付き合った経験もない。もっと……女性に慣れてから出直すべきだと考えた。

 それまで純愛こそ至高だと信じていたから……自らのしようとしている行いや、側に寄って来る女性たちを嫌悪していた。




 数年後。たまたま紫織と再会した。

 夜景が綺麗だと評判のレストランへ誘い出せた。
 まだ結婚していないと知って、密かに安堵する。

 彼女と再会を果たすまで、幾人かの女性と付き合ったり別れたりを繰り返していた。
 少しは恋愛に自信がついたと思っていたのに。紫織を前にすると、緊張でうまく喋れない。頓珍漢な受け答えをしていた。言葉が足りなかったと言うか……。

 紫織は今も、たくさんの男と繋がっている。飲み友達になった拓馬から、愚痴を聞いていた。分かっている。オレの勝ち目が薄い事は。
 けれど紫織と疎遠になっていた過去に、物凄く後悔した。この機会を逃したら多分……もうチャンスは巡って来ない。

 女性慣れしている雰囲気を、必死に演出する。なるべく澄ました顔で切り出す。

「まだ結婚してなかったんだ。ふーん。オレもなんだ。そろそろ親が、孫の顔を見たいってうるさくてさ」

 相手の表情を窺う。緊張を悟られないように。何気ない事であるかのように、軽い口調で持ち掛ける。

「もしよかったら、オレとする? …………結婚」



 言ってしまってから我に返る。

 オレ! なんちゅーどうでもよさそうな物言いのプロポーズしてんだよ! こんなんで紫織を射止められる訳…………頷いた。彼女、頷いたぞ?

 脳内で狂喜乱舞する。これ以上ないくらいに舞い上がる。もちろん……表には出さず、必死に澄ました顔をしていたけど。



 数日後。早速、紫織の家族へ報告に行く。

 地元に馴染みのある料理が看板メニューの店で落ち合った。

 店の前でスマホを操作している人物に目が留まる。
 短めの黒髪で紺色の半袖シャツと黒のズボンという出で立ちの……紫織のお兄さんだ。細身で背が高く、三十代の筈だが二十代後半くらいに見える。

 お兄さんが顔を上げる。こちらに気付いて手を振っている。

 唾を呑み込む。



 席に着いて注文する。料理が届くまでの間、お兄さんと対峙していた。

 まずは……凄く睨まれた。
 当時のオレは髪を金髪に染めていたからかもしれない。拓馬が金髪だったのに影響を受けていた。

 紫織とお兄さんには、兄妹の血の繋がりがない。

 二人の間に恋愛めいたものはないと信じたかった。紫織にそのような素振りは感じられなかったが……お兄さんは、思うところがあるような目をしていたように窺える。

 だから、すぐに籍を入れた。
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