【完結】【応募版】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで
◇11 純愛の最期
◇◇◇ 11 純愛の最期 ◇◇◇
――ゲームで玻璃ちゃんが言ってた。「魔法」についての一口メモ。
「呪文」の大凡は、魔法を使う上での安全装置の役割を果たしている。例えば「ブレイク」という言葉だけで発動するなら、日常生活で意図せず放ってしまう恐れがあるから。だから、魔法を使うには呪文がいる。これから魔法を使うと宣言するのだ。「世界」に。この世界へ干渉しうる「神」や「精霊」に。
できるかできないかの問題じゃない。やり遂げるしか道はない。
「星の満ち欠けに呼応して」
中二病だとか、恥ずかしいなどと……考える余地もなかった。
間違いのないように、慎重に詠う。
「万物を導く力を授けたまえ」
私を見る、ジン君の目が大きく開かれる。相手も呪文を唱え始める。
だが、私の方が僅かに早い。
「我に忠誠を誓え」
あと少し。ジン君が合図を放つよりも先に、完成させる……!
結びの詠を成す。
「ブ……」
「ジェイル!」
ジン君が唱えるより先に、魔法の発動を合図する。声を張った。ジン君の動きが止まる。
「なっ……?」
彼が声を上げる。無理もない。
空が暗む。一面、どす黒い雲に覆われていく。雲の間を時折、稲光が渡り……雨が降り出す。
ゲームのエフェクトと同じ状況で「やり遂げた」のだと確信する。安堵に目を細める。
ゲームで見た時も、エフェクトの豪華さに感動したけど。実際に目にする玻璃ちゃんの「魔法」は圧倒的な迫力で、胸に迫るものがある。
この世界の主人公は私だと、錯覚しそうになる。
「『ブレイク』の魔法を、出せないでしょう?」
薄く笑んで教える。
ジン君には、見えているだろうか。彼の手足や胴にも、鎖が絡まっている。
ジン君の背後に人影がある。
フードを目深に被り、黒くて長いマントを羽織った人物。手には、柄の長い大きな鎌が握られている。鎌の柄には、ジン君に絡まる鎖が繋がっている。
背筋がゾクゾクする。空中に浮く「彼女」は、鎌の狙いをジン君へ定めている。
ゲームでの玻璃ちゃんの魔法を使った。
この世界が魔法を使える世界だとするなら。困難に対抗する手段として、力になると踏んで。
玻璃ちゃんが魔法を使うシーンは特に好きな場面だったから、ゲームをしていた頃に何度も見た。おかげで呪文を忘れていなかった。
獲物を鎖で縛る「ジェイル」は、相手の魔法を封じる事ができる。
玻璃ちゃんが何故「悪役令嬢」であるのか。
――死神の力を宿しているから。
使う魔法が強力過ぎる為に、玻璃ちゃんには幾つかのあだ名がついている。
「彼女」についても。
「死神」と呼ばれる所以の姿は、モノクロで細部まで緻密に表現されている。醜い部分さえ讃えたくなる程の美麗であると、再確認……いいえ違う。体験できた。感動で震える。
こんな状況でなければ、心ゆくまで見ていたいけど。兄を病院に連れて行かなければ。
件のゲームの世界では複数の神様が存在する設定で……私が呼び出した死神のような出で立ちの「彼女」は、まさしく生命の命運を司る神様でもある。
玻璃ちゃんの「魔法」は、「彼女」の力を借りて発現する。
玻璃ちゃんが使える魔法は、「ジェイル」だけじゃない。あと一言、唱えれば……敵対する相手を消滅させるかもしれない禁忌の呪文も知っている。
「ブレイク! ……ブレイクッ! くっ……! 何で、出ないんだよっ!」
焦りの窺える声が聞こえる。ジン君を、冷ややかな心持ちで睨み付ける。
許せない……! お兄ちゃんを、よくも……!
口を開いた瞬間、手首に何かが触れた。視線を下に向ける。
「だめだ。お前が後から……つらくなる選択は、やめろ」
手首を掴んできたのは、兄だった。
地面に仰向けに横たわっている彼の目が、私を見ている。
「お兄ちゃん」
みっともなく涙を垂れ流しているだろう顔で、兄を睨む。
「後悔する選択も、したくないよ」
心情を伝える。
兄の腹部を押さえていたパーカーは血に染まり、見る影もない。もしかしたら、もう助からないかもしれないという恐怖を拭えない。わざと、そこから思考を逸らしている。
「大丈夫だ」
兄の額には大粒の汗が浮かんでいる。ちっとも大丈夫じゃない状況なのに。
彼は私へ笑って見せた。
あと少しで、ジン君を消し去るところだった。怒りを抑える。
相手を滅ぼす、禁忌の魔法を発動させなかった。
死神の衣装をまとった女神様は踵を返して、見えなくなる。周囲の暗さも晴れ、ジン君に絡められていた鎖も薄れていく。雨も止んだ。
「ジェイル」の呪文は解呪するまで効力が続くと、以前ゲームの説明で読んだ覚えがある。この世界でも適用されるなら……彼は、これからも魔法を使えない。
「くっ……! あの力が使えなくても……」
魔法を封じられて苛立っているのだろう。ジン君が吐き捨てるように言った。血走った目で、こっちを見てくる。
私の命に代えても……これ以上、兄を傷付けさせない!
ジン君を睨んだ時、誰かが私の背を叩いた。驚いて見上げる。負傷した筈のタクマ君が、横に立っている。尋ねた。
「怪我はっ?」
「掠っただけ。油断させて後ろから、どうにかしようと思ってたら……アンタが呪文を唱え出したから様子を見てた」
彼はジン君から視線を逸らさないまま、快活に答える。
タクマ君がジン君の方へ歩んで行く。
「おう、ジン。よくもやってくれたな?」
手の指を、ポキポキ鳴らしながら。
間近で凄まれたジン君の顔色が悪い。笑顔なのに……悲愴な色を帯びている。
彼は助けを乞う如く、こちらを見たけど。私は思い切り無視する。
ジン君の事は、タクマ君に任せよう。
それより先に、お兄ちゃんを――!
「今、救急車を呼ぶから……」
スマホを取り出そうと動かした手を、兄に掴まれる。
雨の上がった世界に、光が差す。私の一番、好きな輝きが兄の顔に映る。
「大丈夫だから。オレが死んでも……貯金は、そこそこしてあるから」
「…………あんなに節約が好きだったのは、私の為だったの?」
「ふはは……」
無理して笑っているだろう兄の表情が、歪んで滲む。目元が沁みる。
兄はピンチの時、助けてくれる。怪我をしていても、私を一番に案じてくれる。彼は私を進学させる為に、高卒できつい仕事を選んだ。お金も親も友達も全部なくても、私だけいればいいと言う。本当に変な人だ。
涙が伝う。
いつかどこかで聴いた兄の独り言が、ここに至って胸に落ちる。
「始めから、こうなるように仕組んだんでしょ? お兄ちゃんが意味もなく遠出するなんて、あり得ないもの! シナリオに沿って、ジン君を誘き寄せたの? 「魔術師」だって言ってたよね? あれも……この世界では魔法が使える事を、私に気付かせようとしたんじゃないの?」
兄は微笑むだけで、答えてくれない。
「オレ……バカだから……何の事でお前が泣いてんのか見当付かなくて……ごめん……」
「嘘つき」
「お前を悲しませるのは、分かってたけど……大丈夫だ。何とかなる」
押さえているパーカーの染みが拡がる。
「お前は……生きてくれよ。タイチは案外、一途な奴だ。認める。お前が幸せならいい」
「お兄ちゃんがいないと、幸せになれないよ!」
感情のままに訴える。兄がハッとしたように瞼を開く。
「もしかして。オレって結構、愛されてた? 家族愛の方? それとも……」
窺う雰囲気で見上げてくる。
「私、振られたよね?」
「お前……あの時、六歳だったじゃん。躱して待ってただけだよ」
「……っ」
嘘……。嘘だよね? お兄ちゃんと両想いだったって……今頃に知ったって。何もかも遅いよ……。
「兄が、救急車を呼ぼうとした私を止めたのは――残りの時間を、私と過ごしたかったからでは」という思考が、未来で待つだろう絶望の予感に思える。
唾を呑み込む。
彼の領域へ踏み込もうと、覚悟を決める。
「純愛が好きなんでしょ?」
確認する。兄の手を自分の頬に当てる。
「私……お兄ちゃんの理想とは程遠いよ?」
「いいよ」
兄が笑う。
「最初から、お前しか見てなかったから。やっと……オレを見てくれた」