【完結】【応募版】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで
【夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで】◇10~◇12

◇10 因縁


◇◇◇ 10 因縁 ◇◇◇


「……っ!」

 兄が言葉にならない声を上げた。私を抱きしめたまま、ぐったりしている。重みを支えきれず、膝をつく。白かった彼のTシャツが、見る見る血の色に染まっていく。特に、脇腹の辺りが酷い。体が震え出す。

「お兄……ちゃ……?」

「あーあ。失敗しちゃった」

 あっけらかんとした調子の声が耳に響く。声の主へ視線を向ける。私と兄から三メートルくらい離れた場所に立つ……ジン君を見る。

 「ブレイク」を使って兄を傷付けたのは、ジン君だった。

「何で……」

 呆然と呟いた声に、返事があった。

「『何で』? それは、こっちの台詞なんだけど」

 微笑んでいる彼の内側には、怒りのような……ドス黒い怨恨めいた原因が隠されている気がした。
 ニコニコしていたジン君の目が開かれる。怖いくらいに、真っ直ぐに見ている。私を。

「異分子同士、仲良くできそうだったのに」

 過去の後悔を打ち明ける如く、やや寂しげな眼差しで言われた。

「やっと、見付けたと思ったのに」

 明るく軽い口調で、重く望まれる。

「裏切るなら……死んで?」

 ジン君が、私たちへ近付こうとしている。分かっているけど、どうする事もできない。

「オレの役割を理解したよ」

 彼が兄を見下ろしながら言う。

「こいつは、ただの人間じゃない。『あっち』側の、妖怪みたいなモノだ」

 どこか切ない瞳が私へ向き、細まる。

「そして君も。多分、オレも」

 ジン君が真顔になる。彼は横目に、もう一人……私たちから少し離れた位置に倒れている人物へ、視線を注いでいる。件の人が身を起こす。

 長袖のパーカーを着ている彼は、見知った髪色だった。印象の強い赤茶色。ピアスが、日差しを反射して光る。

 彼……タクマ君は……片腕を押さえながら、よろよろと立つ。

 ジン君の「ブレイク」に、当たったんだと思う。タクマ君の着ているパーカーの左袖の上部に血が染みている。

 ふらつきつつ歩いて来た彼は、私と兄の前方で止まり……ジン君と向き合っている。
 先程、ジン君が攻撃してきた際も……兄とジン君の間に入り、私たちを庇ってくれたように思う。

 あの時。タクマ君は「ブレイク」に、弾き飛ばされたのかもしれない。
 「魔法」は威力を調節できる。威力を強めた場合、余波が発生し……威力が弱い時には単体への効果になる範囲を、周囲へも影響を及ぼせるようにできる場合がある。……ゲームでは、そうだった。

「コレで押さえろ」

 背を向けたままのタクマ君から投げて渡されたパーカーで、兄の傷口を押さえる。

「お兄ちゃん……」

 兄の顔色が悪い。痛そうに瞼を閉じている。
 傷に響かないよう慎重に、地面へ寝かせる。

 タクマ君を見上げる。
 パーカーの下に着ていたらしい黒の半袖シャツをまとった背中が、凄く頼もしく心強い。

 タクマ君は何で、私たちを助けてくれるの……?
 不思議に感じる。

 ジン君が、伏目がちに微笑んでいる。

「オレは、ずっと……自分が『できそこない』なのには、何か理由があるんだと思っていた。やっと……それが証明される」

 彼の言動に、不吉な感覚が過る。

「オレと同じ『できそこない』を見付けた。『特殊』な『できそこない』」

 ジン君は、何の話をしているの?

 動悸が重く鳴っている。

「どちらかが『人間ではない』事を証明できれば。『オレ』は『できそこない』でも、生きていていいんだ」

 普段は口数の多くない彼が、感情の滲む言葉を迸らせている様を……呆然と見ている。

「よくもまあ、オレに濡れ衣を着せてくれたよな。何度も」

 タクマ君が言う。ジン君が冷たい目をして返す。

「何の事?」

 タクマ君が「フッ」と笑う。彼は……昔を懐かしむ如く、しんみりとした雰囲気で語る。

「約束を果たす為に、ここへ来た。お前は、いつも厄介な奴だったよ。やっぱり、あんな噂じゃ目眩ましにもならなかったか」

 声音が強気な色を帯びる。

「オレが止めねェとな! ジン…………!」

「いいよ」

 ジン君の声が明るい。彼はニマッと笑んで、後方へ飛び退った。

「逃げるのか?」

 タクマ君が聞く。彼は左腕を動かして傷の具合を確かめる素振りをしつつ、一歩……ジン君の方へ足を踏み出す。

「まさか。逆だよ」

 ジン君がニッと笑って答えた。

「彼方なる常しえより」

 ジン君の口にした文言に、背筋がゾクッとする。

 呪文の一節だ!

 これまで彼が魔法を使う際……恐らく周囲に気取られにくくする為に、口の中でボソボソと小さく唱えていたのだろう。

 しかし今回は、はっきりと口に出している。まるで……余裕なのを知らしめるように。

 咄嗟に叫んだ。

「気を付けて! 魔法が……!」

「りょーかいっ!」

 タクマ君は振り向かずに、返事をしながら駆け出す。ジン君はタクマ君から距離を取りつつ、続きの文言を紡ぐ。

「黎明を息吹く導とならん」

 ジン君が呪文を完成させ、発動の合図である言葉を繰り出す……直前だった。タクマ君がジン君へ、右の拳を打ち込んだ。息を呑んで、二人を見守る。

「くっ……!」

 声を上げたのはタクマ君の方だった。よく見ると、タクマ君の右手がジン君の頬の手前で止まっている。

 考え至る。ジン君は「ブレイク」の効果を、タクマ君の拳を受け止める防御に使ったのだ。

「はははっ」

 ジン君が、感情の読めない声で笑う。

「いつも詠唱を呟いて、合図を声に出してたんだけど。今回は詠唱を大きく、合図を小さく唱えてみた。このやり方でも通用するんだな」

 愕然とする。タクマ君の右の拳や腕に、薄く切り付けられたみたいに傷が入り、血が出ている。

 それでも彼は、拳を下ろそうとはしなかった。逆に力を込めているように見える。

「タクマ君!」

 居ても立ってもいられずに呼んだ。

「もうやめて! このままじゃタクマ君が……!」

 やはり、魔法には太刀打ちできないのだろうと、悔しくなって下唇を噛む。
 ジン君が、私の方を見て微笑む。

「そうだね。さっさと諦めないと、体ごとバラバラになるかもよ?」

 ジン君の物言いに、血の気が引く。震えた。

 更に力を込めているのかもしれない。タクマ君の右腕が、僅かに揺れている。

「残念だったね……」

 ジン君が小さく言った。次の呪文を唱えようとしている如く……再び、彼の口が開かれる。その時。


「うおおおおお!」


 タクマ君が吼えた。お腹の底に響くような凄みのある呻りが、場を支配する。

「くっ……!」

 ジン君の漏らした息遣いに、彼も焦っている気配を感じる。
 タクマ君の拳が、ジン君へ届こうとしている。

「彼方なる常しえ……」

 ジン君が、早口に唱え始める。

 ズチッ!

 鈍い音を聞く。タクマ君の頭突きが、ジン君の額に入った音だった。
 ジン君は白目をむいて倒れた。


「ふーっ」

 タクマ君が息を吐く。

「手足は警戒されていたが、頭はノーマークだったみたいだな」

 彼は少し振り向き、私へ笑って見せる。
 私も安堵して息を吐く。

 タクマ君が、ジン君の側へ近付く。

「気絶してる。……こいつ、どーする? 目を覚ました時、また魔法を使われても厄介だから…………口を何かで縛っとくか?」

 提案されハッとする。そうだ。ジン君の意識が戻れば、再び命を狙われたり、危ない状況に陥るかもしれない。

 少し考えて思い付く。できるのかは、やってみないと分からないけど。

「あの……私、ちょっと試してみたい事があって……」

 言い掛けていた。途中に、耳にする。

 ――微かな詠の一片を。

「ブレイク」

「よけて!」

 タクマ君へ叫ぶ。ジン君が魔法を発動するタイミングと重なる。間に合わない!

「くっ……!」

 タクマ君が脇腹を押さえ、膝をついた。

 私とタクマ君がジン君への対応を相談している間に、ジン君の意識が戻っていた?
 さっき……魔法が発動する一瞬、タクマ君も気付いていたように見えた。だから、直撃を避けられたんだと思う。

「見直したよ」

 身を起こしたジン君が、ニコリとした顔で言う。彼は、ふらりと立ち上がり……しゃがんでいるタクマ君の側へ歩むと、ゾッとするくらい冷たい目で見下ろしている。

「君は後で嬲ってやる。先に……」

 普段のジン君の様子からは到底、想像できない台詞を聞く。信じたくない。

 彼と目が合う。
 一歩ずつ、こちらへ近付いて来る。
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