【応募版】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで

◇3 主役


◇◇◇ 3 主役 ◇◇◇


 絶句する。

 えっ? 何が起きてるの?

 酷く困惑して、震えがくる。

「オレの言う通りにしないと、悪い噂をばら撒く事になる」

 彼が口にしたのは要求というか……脅し? 鋭利な眼差しに、身が竦む。

 『タクマ』……まさか、あの『タクマ』さん?
 思い至ってハッとする。

 前時間軸でタイチ君が何度か彼の話をしているのを聞いた覚えがある。未来のタクマ君は金髪で、彼に影響されたタイチ君も髪を似た色に染めていた。

 はっきり言って怖い。もしかしたら同じタイムリープ仲間なのかもしれないけど。この人は何の目的で私と付き合おうとしているの?

 自分の恋愛レベルが低いせいなのか。相手の思考が計り知れなくて、まともに応対すらできない。震えが酷くなる。

 そんな時、ふっと閃きが湧く。

 この人を逆ハーレムに引き込めばいいのでは? 味方になってもらい、詳しく話を聞き出す。何で彼は、私に付き合えと言ってきたのか。タイムリープの事も。

 そうしようと思っていても抵抗がある。未来で夫になる人……タイチ君にはすんなり告白までしてしまったのに。今、目の前にいるこの人には言えそうもない。これも純愛信者だった弊害なの……?

「えっと、あの……」

 漸く口をもごもごと動かし、逆ハーレムへ勧誘する文言を紡ごうとした。

 咳払いが聞こえる。

 驚いて後方を見る。屋上の端にある出入口近くにタイチ君がいる。
 ほっとする。彼の傍へ駆け寄る。

「そうかよ。それがアンタの答えかよ」

 後ろから掛けられた不機嫌な声に「あっ」と思う。しまった。ずっと緊張していたから、タイチ君が来てくれた安堵で気が緩んだ。タクマ君に、ちゃんと返事をしていなかった。

 タクマ君へ視線を戻す。彼は苦い物を食べた時のように顔をしかめていた。
 だけど、どうしても逆ハーレムに誘う言葉が出てくれない。喉元に滞っている。

 タクマ君は私たちを睨んだ後、屋上から去った。



 その日の放課後。タイチ君と一緒に帰ろうとしている。下駄箱から靴を取って履いている最中、横から声を掛けられた。

「二人って、仲いいね」

 タイチ君の声じゃない。明るく弾んだ調子で、やや甘い……可愛らしくて、元気なこの声は……っ!

 顔を上げて彼女を見る。私と同じ紺と白を基調とした制服姿で、揺れるツインテールが凄く似合っている。

 私も髪の束を二つに分けて、左右の肩の上で結んでいるけど。彼女のツインテールは耳の少し上辺りで結ばれてあるので、いかにも「ツインテール!」といった印象を受ける。

 因みに私の髪は、胸の上程までの長さ。もしかすると。彼女が髪を結ばず垂らしたなら、私と同じくらいの長さなのかもしれない。

 建物内へ差し込む午後の陽光に、彼女の髪色が変化したように見える。暖かみのある明るめの色味に。ピンク寄りの……。目を擦る。

 あれっ? 何か、既視感がある。

 少しの間、無言で彼女を見つめていた。相手も、私を見ている。

 唐突に。思い出した。

「あっ……あっ、あっ……!」

 驚き過ぎて、声が漏れてしまう。口に手を当て、狼狽している心を必死に抑える。

 彼女の事は知っている。同じクラスの中でも、一番と言っていい程の可愛い女子で……未来では、タイチ君の愛人の一人。

 つまり、タイチ君のハーレムメンバーだった人。

 いつからの関係なのかは、知らない。……もしかしたら高校生の時、タイチ君が言っていた「好きな人」とは彼女の事だったのかも。

 改めて想像し、僅かにもやっとした心境になる。

 ――そんなのは、承知している。

 今、私が驚いているのは別件で……彼女を目にして感じたデジャヴの正体に思い当たった為だ。

 私の好きだったゲームのスチルに、凄く似ている。まさか……?

 記憶の中にある彼女の名前は、一つしか浮かばない。何でだろう。その名前が、例のゲームの主人公の名前と一致しているんだけど……?

「えっと。桃井野……るりちゃん?」

 確認したくて、呼んでみる。

 前の人生では中学時代……卒業する前、私たちは仲がよかった。その後、進学先が違って疎遠になったけど。

 それから……それから……。

 あの瞬間を思い出して、胸がもやもやする。認めたくなかった。だけど、どうしてもそんな気がして仕方ない。前時間軸で私が死んだ日。あのクリスマスの日に、夫と一緒にいた女性は……。

 どう処理すればいいのか分からない、ともすれば暴発してしまいそうな気持ちを静めたくて下唇を噛む。

 彼女はクスッと笑って目を細める。

「何でフルネームで呼んだの?」

 悪意など微塵も感じられない表情で言われた。

「るりちゃんでいいよ? 私も玻璃ちゃんって呼ぶね!」

 こちらまで明るい心持ちになる微笑みを向けられ、眩しくて己の胸を押さえる。異性じゃなくても、好きになってしまいそうだよ。

 自己の現状と比べて、暗い思考を抱く。

「こんなの……やっぱり敵う筈ないよ」

 自分にしか聞こえない程の小さな声で呟く。

 るりちゃんは、社交的でクラスの人気者で優しくて可愛い。喪女で引っ込み思案で、うじうじしがちで内向的な私とは真逆なんじゃないかと、後ろ向きな考えが過る。

 未来でタイチ君が、彼女を好きなのも納得する。クリスマスに私じゃなくて、彼女と過ごしたいと思ったとしても不思議じゃない。

 るりちゃんが首を傾げる。日向に花々が咲き綻ぶ様子にも似た、温かな雰囲気の笑顔で聞いてくる。

「あっ! ねぇねぇっ! お邪魔じゃなかったら、私も一緒に帰っていいかなっ?」

 僅かに。体が強張るのを自覚する。けれど、すぐに返答した。

「うん。もちろん」

 心の内で、純愛を夢見ていた頃の私がもがいている。侵食する不安を無視して前を向く。

 私はタイチ君を邪魔しない。失敗を繰り返したくない。

「邪魔なんだけど」

 タイチ君の声が聞こえる。強めの冷たい響きに、ドキッとする。
 『私、二人の邪魔になってる?』と、慌てそうになる。

 タイチ君が、るりちゃんを睨んでいる。
 彼は私じゃなくて……るりちゃんに言ったんだと理解するまでに数秒かかった。

「えっ……?」

 予想外の状況に、驚きで声が出た。



 その後――……まさかタイチ君と、イチャイチャする未来が訪れるなんて。喪女な私が、予測できる筈もなかった。




「ひどーい!」

 るりちゃんが、怒った目付きをして見せる。タイチ君を叩く素振りで、彼の腕に触れている。

 怒っているフリなんだとは分かっているけど、そんな彼女の仕草も可愛さをまとっていて隙がない。しかもタイチ君に接近した流れが、さりげなく自然だった。

「だめって言っても、一緒に帰るよ! 玻璃ちゃんを独り占めするなんて狡い!」

 頬を膨らませたるりちゃんが私を見る。こっちへ来る。私と向き合う格好で足を止めた彼女に、見られている。両手を握られる。

「ねっ! 玻璃ちゃん……お願いっ! 私も交ぜて?」

 うるうるキラキラした瞳に見入る。
 かつての未来で、私のライバルだった人。夫の心は、彼女へと向けられていた。

 ひと時、瞼を閉じ鼓動を落ち着ける。次に目を開けた時には、心穏やかに微笑む事ができた。

「こちらこそ。るりちゃんと、仲よくなりたかったの」

 震えてしまいそうだった声音も、何とか平静を装えたと思う。
 るりちゃんの表情が、ぱあっと明るくなった気がする。彼女の左後方にいたタイチ君が不満そうな目で、こっちを見てくる。

 そう言えば、彼はるりちゃんに「邪魔なんだけど」って言ってたよね……? もしかして。私と二人だけで、何か話したい事柄があったのかな? タイムリープの件かな? 特殊な話だから、ほかの人に聞かれないよう、気を遣ってくれてる?



 校門を出て細い道を行く。三人で、お喋りしながら歩く。

 るりちゃんの明るい笑い声に、私も釣られて微笑む。
 だけど。まだ心の奥で、過去の私が泣いている。今も苦しくて惨めで……。私は彼女を助けられずにいた。

 前方で、るりちゃんとタイチ君が話しているのを見つめる。切ない気持ちになって、胸を押さえる。

「動物に例えるなら、タイチ君は猫っぽいよね」

「何でだよ」

「何となく。ねっ! 玻璃ちゃんも、そう思うよね!」

 振り返った二人に、意見を求められる。
 改めて、タイチ君に目を向ける。るりちゃんが言ったように、猫のイメージがあるかも。

「確かに。野良猫というより、飼い猫の……」

「ほらーっ! 玻璃ちゃん分かってる!」

 るりちゃんが私に抱き付いてきた。す、凄い! 

 ためらいの感じられないスキンシップに感服する。
 私の場合……同性の友達であっても、こんなに近い距離感で接する事はまずない。行動する前に、ためらってしまうだろう。

「……よかった」

 彼女に聞こえない程の声で独り言ちる。一緒に帰ってもらってよかった。私に足りないものが見えてくる。

「えーとねぇ……」

 るりちゃんが目を細めて呟く。見つめられて「何事かな?」と、内心ドキドキする。

「玻璃ちゃんは、ウサちゃんぽい! 落ち着いてて、優しいところとか! 絶対そう!」

 るりちゃんの発言を受け、一瞬ぽかんとしてしまった。私をそんな可愛い動物に例えてくれるなんて。やっぱり悪い子じゃないよね。

 前の私は、彼女の事を酷く恨んだ時もあったけど。

「ねぇ、私は? 私はっ? 何に似てる?」

 尋ねられて「そうだね……」と、真剣に考える。

「犬じゃね?」

 タイチ君が、ぶっきらぼうな口調で言う。

 なるほど。言われてみると、そんな雰囲気がある。人懐こいところとか明るく気さくな人柄が、近所のお家で飼われているダックス君のイメージと重なる。ツインテールの形も、どことなくダックス君の耳と似ている。

「お前、嫌いな奴にギャンギャン吠えてるだろ。近所にいる犬にそっくり」

 言い放たれた理由に驚いて、タイチ君を見る。

「ひっど! ちょっと! 玻璃ちゃんにバラさなくてもいい事でしょ?」

 るりちゃんがタイチ君の腕をペチペチと叩いている。そんな二人の様子を呆然と眺めている。私の入れない世界が、この時には既にあったんだと……打ちひしがれていた。下唇を噛む。

「玻璃?」

 タイチ君に気付かれたかもしれない。呼ばれたけど、目を合わせられなかった。言い訳する。

「ごめん。ちょっと、考え事してて」

 話題を戻そう。

「ダックス君は私には優しくて可愛いのに、何でタイチ君は吠えられるんだろうね?」

 迷いを払い、何事もなかったフリで笑う。
 自分の選択した道程の景色とはいえ……心の底にいた「理想を夢見ていた私」は、更なる深手を負った。




 私たちの住む地区より手前で、るりちゃんと別れる。私とタイチ君は、会話も少なく家路につく。

「なあ」

 後ろを歩く彼から話し掛けられる。けれど、どうしても振り向く事ができなかった。何故なのか、自分でもよく分からない。

「怒ってんの?」

 実家の近所まで来ていた。石垣の側で立ち止まる。指摘されてやっと、不満を持っているのだと自覚する。

 いくら彼に合わせると考えていたとしても。長年……理想を夢見ていた本来の自分を納得させるのは難しかった。

 俯いて目を閉じた時、タイチ君の声が響く。


「オレたち……今、付き合ってるよね?」

< 3 / 8 >

この作品をシェア

pagetop