【応募版】夫に穢された純愛が兄に止めを刺されるまで
◇2 リトライ
◇◇◇ 2 リトライ ◇◇◇
今いる時間より未来で、たまたま再会した思い出がある。「あの時の彼より若い!」とびっくりした。「当然か」考えて微笑んだ。
前世では高校時代から再会した日まで、彼とは疎遠になっていた。
高校に進学した頃。私の家で二人で遊んだ際に「好きな人がいるんだ」と、言われたので身を引いた。私の恋は終わったと思った。私は「私も」と言った。「お幸せにね。もう会わないね」と、無理して笑顔を作った。つらくて寂しかったけど「彼」への想いを、私の中から閉め出した。彼女さんの邪魔になるのは、私の純愛ルールから外れる行いだから。
思い返して、しんみりしてしまう。
「玻璃? どうした?」
私の暗い心模様も、敏感に読み取って心配してくれる。余計に、胸が痛くなる。
……今なら。誘ったら、逆ハーレムに入ってくれるかな?
そんな考えが、脳裏に過る。慌てて首を横へ振り、打ち消す。
ダメダメ! それはダメ! 好きだったのは私だけで。彼は私の事を、何とも思ってないよ。この人はダメだ。もっと、自分のレベル上げをしてからじゃないと……。それに、彼には既に好きな人がいるかもしれない。私じゃ太刀打ちできない……あっ。
目まぐるしく思考している途中で気付く。
彼に挑む事すらできない私のままじゃ、ずっと一生変わらない。「夫」は、今……目の前にいる相手どころのレベルではない。遥か遠い存在なのだ。怖気付いたらダメだ!
私……昨日、自分の思想を変えるって決めたよね? これまで、純愛という理想を夢見ていたけど。私の欲しいものは、手に入らなかった!
ゴクリと唾を飲み込む。
「タイチ君」
改めて幼馴染を見つめる。頼み事をする。
「大事な話があるから……今日の帰り、家に寄ってほしい。いいかな?」
私の真剣さが伝わったのかもしれない。タイチ君の喉仏も、唾を呑むような動きをしている。
「い……いよ?」
よかった。悪くない返事をもらえた。
午後から雨が降った。私たちは、帰りが一緒になった。学校を出た際は、ふわっとした優しい雨だったのに。家に近くなる頃には、大分容赦がなかった。傘を持っていなかったら、大変な惨事になっていただろう。
家に着いた。お兄ちゃんも帰っていた。二人分のタオルをもらった。タイチ君と私、それぞれ濡れた鞄や服を拭く。
「私たち、今から大事な話をするから。絶対に、二階には来ないでよ。お兄ちゃん」
兄へ強く釘を刺し、タイチ君を引き連れて階段を上った。
「で、話って……?」
自室へ入り、すぐに。本題を尋ねられる。
タイチ君の……僅かに居心地の悪そうな、そわそわした雰囲気に気付いた。私も意識してしまう。迷いを振り払う為に、はっきりと口にする。
「私、記憶がある。前世の」
暫く……タイチ君に見つめられた。彼は目を大きく開いて……大層、驚いている様子にも見える。指摘される。
「え? まさか…………発症した?」
「中二病じゃないよ!」
即座に、彼の言葉を切り捨てる。
こんな大事な話をしているのに。お兄ちゃんの時といい、タイチ君といい……伝えるのむずいよ。
「好きな人に、私の事も好きになってもらいたい。前世は奥手過ぎたのと純愛にこだわり過ぎていたのもあって、好きな人に振り向いてもらえなかったの」
俯いて説明する。
「だから。今回の人生では逆ハーレムを作って、自分の純愛志向を矯正したいと思ってる。前回の人生で好きだった人も、凄くモテる人でね。その……彼に挑む前に、自分に自信をつけたくて」
「いいよ。手伝っても」
聞こえた返事に、目を開く。自分でも、何てお願いをしているんだと……居た堪れない心持ちだったので、こんなに快く応えてもらえるとは予想していなかった。
「え、あ……ありが……」
「ありがとう」と伝えたかったのに、最後までお礼を言えなかった。肩を押されて、床に仰向けに寝かされる。視界に、天井が映る。幼馴染に見下ろされている。
「本当にいいの?」
目を逸らさずに、頷く。
「喪女だった人生を変えたいの」
外で雷が鳴っている。雨音が酷く響く。
「手伝って」
言い切る。相手の喉が、息を呑むように動くのが見える。
もう、どうなってもいい。半ば、やけっぱちになりつつ……決意を固めていた。
ドキドキと鳴る胸を、手で押さえる。私の肩を掴み見下ろしてくる、タイチ君の瞳を覗く。
何でタイチ君は、私を仰向けに……?
「はっ!」と思い至る。もしかして。もう手伝ってくれてる? 私が喪女を脱却する為に、これから何か……男女の接触を行うのかもしれない。多分!
大いに焦る。
手伝ってもらえるよう了承を得たけど、それは逆ハーレムメンバーに加わってくれるって事なのかな? 言質を取っておかないと! 何て確認すればいいかな? 逆ハーレムメンバーに、逆ハーレムメンバーに……。
尋ねる文言を考えていた。なのに、何故なのか。別ものの意思を吐き出していた。
「付き合ってください」
はぁあうぁあっ!
純愛信者だった頃の意識を捨て切れず、口が勝手に告白してしまった!
こんな……恐らくR18だろう行為をするのなら、絶対に結婚後じゃないとダメという呪いのような固定観念が……私を暴走させている。
「違うっ! 違くてっ!」
否定しながら、僅かに下唇を噛む。内心、とても慌てている。きっと、振られる。私の、こういうところ……彼の好みじゃないの、知ってるもの。……分かってる。
打ち明ける。
「あなたの築くハーレムの一員になりたいんです。私も入れてくれませんか?」
言い切って視線を外す。凄く、顔が熱い。
「オレの、ハーレム?」
困惑している雰囲気の声で、聞き返してくる。そりゃあ、困惑するよね。自分でも「何、言ってるんだろう私」って思ってるよ。
「えっと……それってもしかして……違ってたら、本当にゴメン……えっと……オレの事が、好きって事?」
彼の疑問へ頷いて答えを示す。未来で私の「夫」になる「タイチ君」は、口をあんぐりと開けている。
メンバーが揃ってタイチ君と同じ土俵に立ってから言おうと考えていたけど。想いが零れる。
「ずっと……ずっと、あなたの事が好きでした」
真剣に相手へと視線を定める。
「私も、あなたのハーレムに入れてください」
タイチ君からの返事がない。大きく開いた目で見られているのに耐えられなくて口走る。
「本当は、逆ハーレムのメンバーが揃ってから言うつもりだったけど」
「提案なんだけど」
間髪入れずに言われる。
「たくさん交友関係を広げるだけじゃなくて……一人と、もっと深めるっていうのはどうかな?」
「え……?」
タイチ君の言動の意図を察せずに戸惑う。彼は微笑み、私から手を離す。
「詳しい話は、明日聞かせて。そろそろ帰るよ」
「えっ」
驚いて声が出る。
まさか私……何かタイチ君の気に障る事をしていた? 嫌われたのではないかと不安になる。
落胆に気付かれたようだ。彼は私に苦笑して見せる。
「お兄さんが怖いし」
タイチ君に言われ、やっと思い至る。
雨音に交じって雷が轟く。廊下へのドアが、少しだけ開いている。その隙間の暗がりから……淀んだ目が、こっちを見ている。
「ひゃっ!」
お化けを見付けてしまった人のように声を上げたせいだろうか。ドアを開け部屋に入って来た兄の顔は、不機嫌そうに歪んでいる。けれど。それも僅かな間だけで、すぐに普段の表情に戻っていた。
兄は、私に指示を出してきた。
「玻璃、悪い。下の階から持って来てもらいたい物があるんだ。オレのマグカップに、ドリップでコーヒーを淹れてきてほしい。タイチ君の分もよろしく。ちょっと、この機会に男同士で話をしたくて。玻璃が、いつも世話になってるし。気になってた。前々からタイチ君と、一度……じっくり話をしてみたかったんだ」
「奇遇ですね」
タイチ君が、静かに笑みを浮かべる。
「オレもです。じっくり、お兄さんと喋ってみたかったんです」
私だけ、会話から追い出された心持ちになる。渋々……階段を下り、コーヒーを準備する。
この時。二階にいる二人が、私にとって重大な約束を交わしていたなんて。知りもしなかった。
翌日は、すっかり晴れていた。タイチ君とはクラスが同じで、登校した直後に尋ねられた。昨日していた話の詳細を。
「私たちは、夫婦だったの」
意を決して伝える。タイチ君は目を見開いて、暫く無言だった。
「……そっか」
小さく聞こえる。口を右手で覆った彼は、私から視線を逸らした。
「澄蓮月さん!」
休み時間中、同じクラスの女子に呼び止められた。別のクラスの男子から、私を屋上に呼び出してほしいと頼まれたそうだ。前の人生ではなかった出来事だと思う。
伝えてくれた子に、相手の名前を教えてもらった。口の中で反芻する。
「『タクマ』……?」
どこかで耳にした覚えがある。誰だっけ?
首を傾げつつ、屋上へ足を運ぶ。
屋上の中央に、人がいる。私を待ち構える如く腕組みし、こちらへ鋭い視線を注いでくる。
短い赤茶色の髪。中学生にしては背が高く、がっちりした体躯で……大人だと偽られても、信じてしまいそうな容姿の人だ。彼の片耳には、ピアスの輪が光っている。
何の話をするんだろう?
これまで一度も喋った事のない人物だったので、緊張でドキドキしている。
彼が、口を開く。
「オレは、未来から来た」
…………えっ?
余りに驚き過ぎてしまって、瞼を大きく開けたまま「タクマ」君へ視線を返す。
聞き間違い? ……じゃないよね。
「未来から来た」って……まさか。私の境遇と一緒で、タイムリープしたって事?
尋ねようとした。
しかし。次に放たれた一言によって、気圧される事態となる。
「オレと付き合え」
