【書籍化】つまらない女だと婚約破棄されましたが、浮気男はこっちから願い下げです〜行き遅れた秀才令嬢は、天才侯爵に溺愛されるようです

6.ジュダスのその後と新学期


 その日、帰宅したミラは、すぐさま両親の元へ向かった。卒業後も大学で研究を続けられるようになったことを報告するためだ。
 
 ミラが話し終えると、母は「また婚期が遅れる」と渋い顔をしていたが、父は自分のことのように大喜びしてくれた。ルミナシア魔法大学で研究員として働けることは、それだけで大変な名誉なのである。

 そして、話し合いの結果、ひとまずは大学で研究を続けながら、次の相手を慎重に探していく方針で決まった。また、ミラの強い意向により、実家通いではなく寮暮らしをさせてもらえることになった。夜遅くまで実験をすることも多々あるので、寮生活の許可が下りたのはかなりありがたい。

 将来についての話がまとまった後、ミラは父から今日あった出来事を聞かされた。ミラが大学に行っている間、ジュダスと彼の父であるクウォーク伯爵が謝罪に訪れたそうだ。

 クウォーク伯爵曰く、ジュダスの婚約破棄については全くの寝耳に水で、昨日ジュダス本人から、ミラとの婚約を解消しキャシーと結婚しようと思っている旨を聞かされたという。

 なんとジュダスは、親に黙って勝手に自分の結婚相手を変えたのだ。貴族同士の結婚は、両家の当主同士の合意の元に取り決められるので、本来ならあり得ない愚行である。

 しかし、ジュダスは魔法の才はあっても頭はそれほど良くなかったので、確かにそれくらいはしでかしそうだなとミラは思った。

 父は彼らの謝罪を受け入れず、息子の暴走を止められなかったのは親の責任だとして、クウォーク伯爵に取引を中止する旨を伝えた。

 そもそも彼らの要求が、「ジュダスはミラとの結婚を望んでいないので、婚約の解消はそのままに、取引だけ続けさせて欲しい」という大変身勝手なものだったので、父が謝罪を受け入れなかったのも当然だ。

 話の最後に父は、「これで抗議文を送る手間が省けた」といたずらっぽく笑っていた。


 それからミラは、卒業論文の仕上げに追われ、忙しい日々を送っていた。

 ミラが在宅の日を狙って、ジュダスが度々謝罪に訪れていたが、顔も見たくなかったので、もちろん取り合うことなど絶対にしない。

 美術品の国外輸出の販路が絶たれたクウォーク家は、どうやら家業の業績が右肩下がりで家計が火の車らしい。しかしそれは自業自得なので、可哀想だとも思わなかった。

 そして、今回の婚約破棄騒動で、ジュダスは魔法師団の中でもかなり浮いてしまっているらしい。

 魔法師団に所属するミラの兄が、事の詳細を知って大激怒し、ジュダスに鉄拳を食らわせた。それに起因して、魔法師団の面々にジュダスの浮気と婚約破棄の件が瞬く間に広がった、というわけだ。

 ミラの兄は特級の魔法師。どれほど兄から目の敵にされても、三級のジュダスに歯向かえるわけもなく、彼は相当肩身の狭い思いをしているそうだ。



 そして、瞬く間に時は過ぎ、大学は新学期を迎えた。

「今日から研究員として働かせていただきます、ミラ・ハインズです! よろしくお願いします!」

 教授室で元気よく挨拶するも、黒い革張りの椅子に座り書類に目を落としていたクリスは、わずかに顔を上げただけだった。

「ああ、よろしく」

 クリスはこちらを一瞥して、すぐにまた書類に視線を戻した。いつも通りの愛想のなさに、むしろ安心感さえ覚える。

「今年も新しく入ってくる学生はいないんですか? 私以外の研究員も」

 隣の居室は相変わらずがらんとしている。新年度になっても、この研究室にはクリスとミラの二人だけだ。

 ミラの疑問に、クリスは顔を上げることなく、書類を読みながら返事をしてくる。

「希望している学生はいた。が、俺の議論についてこられる奴がいなかったから全員断った。研究員も同様だ」

「なんと……」

 この研究室に人が来ないのは、クリスの口が悪くて人気がないからだと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。

 今の話からすると、この研究室を希望している学生や研究者は大勢いたが、そのすべてをクリスが断っていたらしい。

 それがわかった途端、むふふと嬉し笑いが込み上げてきた。

「なんだ」

 クリスが渋面になりながら顔を上げる。彼を良く知らない人がその顔を見たら、震え上がってしまうような目付きの悪さだったが、ミラには見慣れた顔だ。

 ミラは笑顔を収めることなく、正直な気持ちを伝える。

「私がこの研究室に入れたのは、先生のお眼鏡にかなったからなんだなと思うと、嬉しくて」

「言っただろう。お前には才能があると」

「…………」

 面と向かって褒められると、それはそれで照れくさい。

 そういえば、「事あるごとにお前を褒めることにする」と言っていたが、こういうことか。

 ミラがほのかに赤面していると、クリスは書類仕事を止め、こちらに向き直った。

「さて、重要な話をしよう。お前の研究テーマについてだ。どんな研究がしてみたい?」

「私が決めても良いのですか?」

 学生時代は、クリスがいくつかの研究テーマを提示し、その中からやりたいものを選んでいた。研究員になってからもその方式だと思っていたので、正直少し驚いている。

「お前はここで研究成果を挙げて、将来的には自分の研究室を持つことになるだろう。それだけの能力を持ち合わせているからな。いずれの独立を見据えて、これからは自分で研究テーマを決めてもらおうと思っている」

 クリスは研究者としてだけでなく、教育者としても秀でている。ミラが学生時代の二年間で知ったことだ。

 彼はいつも、ミラの能力を最大限発揮できる環境を整えてくれる。研究に行き詰まれば根気強く議論に付き合ってくれるし、挑戦的なこともさせてくれる。

 要は、とても面倒見が良い人なのだ。

「もちろん俺の専門分野が理論魔法学だから、見てやれるのもその分野に関しての研究にはなるが」

「実は、前から挑戦してみたいテーマがあって」

 それからミラは、クリスに自分の意向を伝えた。
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