時を縫う英雄譚
 夜。
 金属が軋むような音とともに、街灯が一斉に消えた。

 闇の中で、歪んだ影が立ち上がる。


 虚影――《残骸(レムナント)》。


 廃棄されたはずの記憶データが、現実に縫い出された存在。
 透は息を吸い、針を構えた。


「……止まれ」


 時間が、軋みながら凍結する。
 だが虚影は、わずかに“ずれる”。


「ッ……時間の外……!?」


 虚影の奥で、一瞬だけ――
 少女の輪郭が揺れた。


『……おにい、ちゃん……』


 胸が締めつけられる。


「灯……!」


 集中が揺らいだ、その瞬間。


「クロノス!」


 翠の光が割り込む。
 芽吹――ヴァインが、透の前に立った。

 光の糸が虚影を貫く。
 だが虚影は、消えない。

 灯の声が、断片的に重なる。


『まだ……ここ……』


 芽吹の手が、ほんの一瞬止まる。


「……っ」


 その迷いを、透は見逃さなかった。


「芽吹!」


 声に、覚悟を込める。


「分かってる。過去も、残滓も――全部だ」


 芽吹が歯を食いしばり、うなずく。


「……わかった。
 裁くよ。逃げ道ごと」


 二人の力が重なり、時間と空間が歪む。
 虚影の悲鳴が、灯の声と混ざり合い――

『……おにい……』

 最後の一音だけを残して、虚影は砕け散った。

 夜が戻る。


 沈黙。


 透は針を下ろし、膝に手をついた。


「……やっぱり、壊すしかねぇのかなぁ」


 芽吹は、透の手を強く握る。


「壊したのは“残滓”だけ。
 灯ちゃんの心じゃないよ」


 そう言い切る声は、少しだけ震えていた。





 遠く、ビルの屋上。
 フォールは通信端末を閉じ、夜景を見下ろしていた。


【ECHO計画関連事象:観測完了
 対象への直接介入は禁止】


「……禁止、ね」


 彼は小さく笑う。


「それでも――
 “あれ” を “失敗作” と呼ぶなら」


 風が吹き、彼の髪を揺らす。


「次は、俺の番だ」


 その声は、誰にも届かず夜に溶けた。
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