時を縫う英雄譚

第五話

 昼

 放課後の教室。

 窓の外には、秋の夕陽が差し込んでいた。
 一ノ瀬透はノートを広げたまま、欠伸をかみ殺す。

 数式の列が頭の中を通り抜けるたびに、この前の戦いの記憶がよみがえった。


(……やっぱ気になる。イインチョーが“公安所属”だってこと)

 芽吹――いや、ヴァイン。

 ただの人気者のクラスメイトだと思っていた彼女が、公安に所属する正式なスティッチャーだった。

 自分とは違う、“正規”の戦士。

 その事実が透の胸に小さな棘を刺していた。


(知らなかったとは言え、メンドーな事になりそうだ)


「ねえ、一ノ瀬」

 芽吹が机を叩いて透を覗き込んでくる。

「今晩、ちょっと時間ある?」

「ん……バイトとかはないけど」

「ならよかった。連れて行きたいところがあるんだ」


 彼女の声はいつも通り柔らかいのに、その瞳には夜の“ヴァイン”の色があった。

 透は嫌な予感を覚えながらも、頷くしかなかった。



 暁ヶ浜の街の中心部。

 駅前の雑居ビル群を抜け、芽吹が案内したのは古い図書館だった。

 人気のない夜の建物。

 芽吹が扉を押し開けると、内部の壁が淡く光を帯び、静かに回転する。


「……隠し通路?」

「公安《ステッチ管理局》の出入り口のひとつだよ」


 芽吹は当然のように歩みを進め、透も仕方なく後に続いた。

 階段を降りた先に広がっていたのは、無機質な地下施設だった。

 白い照明、金属の壁、行き交う人影。

 全員が深紺色の制服に身を包み、胸には交差する糸の紋章が刻まれている。


(……これが、公安のスタッチャー)


 彼らの背筋は伸び、視線は鋭い。
 私服姿の透は完全に浮いていた。

 すれ違うたびに訝しげな眼差しが突き刺さり、足が重くなる。


「なぁ……イインチョー」

「今はヴァイン、って呼んで」

「……ヴァイン。ここ、完全に俺場違いだろ」

「大丈夫、大丈夫!ちゃんと私が紹介するから」


 そう言う彼女の声は落ち着いていた。

 透の緊張を解きほぐすように、少しだけ笑みを浮かべて。


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