完璧美人の私が恋したのは、眼鏡オタクのSEでした
 ある日の昼休み。
 書類を棚に戻していると、
 後ろから、控えめな声がした。

 「神崎さん」

 振り向くと、遥斗が立っていた。

 「この前の会議、大変そうだったよね」

 心配そうな目。
 少しだけ、距離を取った立ち方。

 「もしさ」
 「今週、
  早く上がれる日があったら」
 「気分転換に、
  食事でもどうかなって」

 押しつけがましくない。
 逃げ道も残している。

 (……優しいな、この人)

 そう思う。
 悪い気は、しない。

 「ありがとう」

 里桜は、曖昧に笑った。

 「でも、ちょっと、
  今はバタバタしてて」

 断りきらず、受け取りきらず。

 遥斗は、
 それ以上、踏み込まなかった。

 「そっか」
 「忙しいなら、無理しないで」

 その一言だけ残して、去っていく。

 背中を見送りながら、
 里桜は、胸の奥を探る。

 (……どうしてかな)

 はっきりした理由は、ない。
 けれど——

 頭に浮かんだのは、
 やっぱり、別の人だった。

 無口で、少し不器用で、
 でも、目が合うと、
 なぜか落ち着く人。

 ——優希。

 (……まだ、わからないけど)
 (でも、気になるのは)
 (たぶん……)

 そこまで考えて、
 里桜は、そっと思考を止めた。

 今は、決めなくていい。

 ただ、
 この胸のざわめきだけは、
 無視できなかった。

 けれど、浮かんだのは、
 やっぱり——
 優希だった。
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