完璧美人の私が恋したのは、眼鏡オタクのSEでした

2. 視察の王子と、冴えない眼鏡

 フロアの奥から、
 数人の男たちが歩いてくるのが見えた。

 総務部長を先頭に、
 スーツ姿の男が三人。
 何やら、
 社内システムの説明を受けながら、
 ゆっくりとフロアを巡回しているらしい。

 里桜は、
 無意識に視線を上げた。

 ――その瞬間。
 (……え)
 胸の奥が、
 きゅっと掴まれた。

 一番前を歩く男。
 背筋がまっすぐで、
 無駄のない歩き方。

 視線は前を向いたままなのに、
 空気だけが、
 自然とそこに集まっている。
 (なに、この人……)

 一瞬で、
 目が離せなくなった。
 (社内に、
  こんなかっこいい人、いたっけ?)

 整った顔立ち。
 落ち着いた表情。
 近づくにつれて、その存在感が、
 はっきりと伝わってくる。
 (……すごく、いい)

 思わず、
 小さく息を吸った。
 (こんな男、
  三条繊維にいないと思ってたのに)

 その男、一ノ瀬が、
 すぐ目の前を通り過ぎる。
 ほんの一瞬、
 視線が交差した……気がした。
 (……気のせい?)

 胸が、少しだけ高鳴る。

 だが、その隣を歩く、
 もう一人の男に、
 里桜は、ちらりと視線を移した。
 (……え)

 一気に、熱が下がる。
 髪は、少し乱れていて、
 フレームの太い眼鏡。

 背中は、どこか丸まっている。
 (……さえない男)

 正直な感想だった。
 (典型的な……
  オタク、って感じ)

 スーツも、
 着慣れていないのか、
 微妙に浮いて見える。
 (なんで、
  あんな素敵な人の隣に……)

 無意識に、
 心の中で比較してしまう。
 (バランス悪くない?)

 それでも、
 三人は並んで歩き続ける。

 一ノ瀬。
 三条繊維工業 社長の三条 勝。
 そして、SEの白石。
 (……白石?)

 総務部長が、
 名前を呼んだのを、
 里桜は聞き逃さなかった。
 (あの眼鏡の人、
  白石っていうんだ)

 里桜は、もう一度、
 一ノ瀬の背中を見る。
 (……あの人、誰なんだろう)

 肩書きも、役職も、
 今はどうでもよかった。
 ただ、“いい男”が、そこにいた。

 それだけで、十分だった。
 (あーあ)
 (総務部にも、
  こんな人がいたなら……)

 胸の奥に、
 小さな期待が芽生える。

 その隣で、
 「さえないオタク」と
 勝手にラベルを貼られた男が、
 後に――
 自分の世界を、
 ひっくり返すことになるとも知らずに。

 里桜は、ただ、
 目を輝かせていた。
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