『爆走!メカニカル・シンデレラ 〜恋のバグは、無敵のガジェットでも直せません!〜』
プロローグ:出会いはメカニカルな胸騒ぎ
1. 異常電圧、あるいは初恋の予兆
「よし……。バイパス接続完了。回路、オールグリーン。……起動!」
放課後の旧校舎裏。人気のない自動販売機の前で、私、如月カンナは愛用のマルチドライバーを片手に、満足げな吐息をついた。
ガコン、という重低音とともに、死んでいたはずの自販機のボタンにパッと明かりが灯る。
「ふふ、ふふふ……。やっぱりね。メイン基盤のハンダが浮いてただけじゃない。私の手にかかれば、この程度の『沈黙』、三十秒で解決よ」
私の名前は如月カンナ。中学二年生。
趣味、機械いじり。特技、あらゆる精密機器のオーバーホール。
好きな言葉は「完全修復」と「最大出力」。
放課後の時間は、誰にも邪魔されずに機械と対話するための聖域だ。
今日も、この十円玉を飲み込むだけで何も出さなくなった「鉄の箱」に新しい命を吹き込んであげたところ。
「さて、報酬として……一番高い『濃厚つぶ入りコーンポタージュ』をいただこうかな。もちろん、ちゃんと自分のお金でね」
私がポケットから百六十円を取り出そうとした、その時だった。
「……すごいな。それ、君が直したの?」
背後から降ってきたのは、まるで高級なチェロの低音のような、鼓膜を心地よく震わせる声。
私の脳内CPUが、一瞬で「未知の外部入力」を検知してフリーズした。
「え……?」
おそるおそる振り返る。
そこには、夕陽を背負ってキラキラと輝く、この世のものとは思えないほど整った顔立ちの男子が立っていた。
さらさらと揺れるミルクティー色の髪。
吸い込まれそうなほど澄んだ瞳。
すらりと伸びた背筋に、少し着崩した制服。
間違いない。この学校の全女子が「推し」として崇める、学園の王子様――一ノ瀬湊くんだ。
「あ、あ……あ……」
私の口が、まるで接触不良のモーターみたいに意味をなさない音を繰り返す。
ヤバい。
一ノ瀬湊。
偏差値七十超え、運動神経抜群、顔面国宝。
対する私。
ツナギ(放課後用)、油汚れのついた頬、工具だらけの重たいバッグ。
……スペックの差が、天と地どころか、スーパーコンピュータと電卓くらい違う!
「驚かせてごめん。ずっと見てたんだ。君が迷いなく配線をつなぎ替えるところ」
一ノ瀬くんが、一歩、歩み寄ってくる。
その瞬間、私の胸の中で異常事態が発生した。
ドクン、ドクン、ドクン!
(な、なに……!? 心拍数が、通常時の二・五倍に急上昇……。胸部中央に激しい熱源を感知。これは……オーバーヒート? それとも、強力な電磁波による内部回路のショート!?)
「あ、あの……! これは、その! 私はただ、自販機の効率的な稼働を助けていただけであって、決して不法なハッキングを試みていたわけでは……!」
「あはは、わかってるよ。君、有名だもんね。『放課後のメカニック』如月さん」
彼は、眩しすぎる笑顔でそう言った。
……私の名前を知っている?
王子様が、ただの「機械オタク」の私の名前を?
その瞬間、私の脳内の警告アラートが最大音量で鳴り響いた。
【緊急事態:論理回路、強制終了(シャットダウン)します】
2. 王子様の「バグ」と、私の「暴走」
「実はさ、君にお願いがあるんだ」
一ノ瀬くんは、困ったように眉を下げて、自分のスマホを差し出してきた。
見ると、画面は真っ暗。それどころか、カメラレンズの部分がなぜか妙な角度でひん曲がっている。
「これ、昨日階段で落としちゃって。ショップに持っていったら『基盤が死んでるからデータは諦めてください』って言われちゃったんだ。でも、どうしても取り出したい写真があって……」
「……データの復旧?」
機械の話になった途端、私のパニックに陥っていた脳が、急に冷徹な「プロモード」に切り替わった。
私は無意識に、彼のスマホをひったくるように手に取った。
「ふむ……。外装の損傷はレベル三。液晶パネルの破損は表面のみ。問題は内部のフラッシュメモリへの通電経路ね。おそらく電源回路のチップ抵抗が衝撃で脱落してる。……直せるわ」
「えっ、本当!?」
「当たり前よ。私を誰だと思ってるの? 私は如月カンナ。直せないのは『割れた卵』と『終わった恋』くらいよ!」
……口が滑った。
変なカッコつけ方をしてしまった。
でも、一ノ瀬くんは驚いた顔をした後、今日一番の笑顔で「かっこいいな、如月さんは」と言った。
カチッ。
私の中で、何かのスイッチが入る音がした。
かっこいい。
そんな言葉、今までレンチやスパナにしか向けられたことがなかった。
嬉しくて、恥ずかしくて、どうしようもなくて。
私の「完璧じゃない一面」――「極度の緊張による魔改造癖」が、ついに暴発した。
「よし、任せて! ついでに、使いにくいこの機種の弱点も全部アップデートしてあげるわ!」
「え? いや、データだけでいいんだけど……」
「だめよ! 機械は常に最適化されるべきなの! ドライバ、オン! ハンダごて、加熱開始!」
私はバッグから小型のポータブルバッテリーと超音波カッターを取り出し、猛烈な勢いで一ノ瀬くんのスマホを分解し始めた。
手元が火花を散らす。
私の指は、もはや私自身の意志を超えて、光速のタクトを振る指揮者のように動き回る。
(……あ。マズい。手が止まらない!)
緊張すればするほど、私の工作精度は上がってしまう。
そして、余計な機能を追加せずにはいられない。
一ノ瀬くんのスマホに、予備のセンサーチップを埋め込み、アンテナの感度を三倍に強化し、さらに——。
「……できたわ」
五分後。
私は、元の姿とは似ても似つかぬ「何か」を、彼に差し出した。
「はい、修理完了。データも全部復旧しておいたから」
「ありがとう! ……って、あれ? なんだか僕のスマホ、厚みが増してない? あと、この背面に付いてるプロペラみたいなのは……」
「それは『自律安定型・自動追尾プロペラ』よ。手が滑って落としそうになっても、センサーが感知して空中停止(ホバリング)するわ」
「え……?」
一ノ瀬くんがスマホを手に取った瞬間、スマホが「ピピッ!」と鳴り、彼の手からフワリと浮き上がった。
そして、彼の顔の周りを、まるで忠実な小型ドローンのようにくるくると回り始めたのだ。
「うわああっ!? 浮いた! スマホが飛んでる!?」
「……あ。やりすぎた」
私はようやく、自分のしでかしたことの重大さに気づいた。
王子様の、高価な最新型スマホを、勝手に「空飛ぶ怪しい物体」に変造してしまった。
嫌われる。
変態だと思われる。
あぁ、私の恋(というか、ただの憧れ)が、離陸と同時に墜落していく音がする……。
3. 未知なるミッションの幕開け
「……すごい」
絶望に打ちひしがれる私に、一ノ瀬くんが声をかけた。
彼は、空飛ぶスマホを必死に捕まえようと格闘しながら、瞳を輝かせていた。
「すごいよ、如月さん! こんなの、世界中のどこを探しても売ってない! 君は、魔法使いか何かなの?」
「え……? 怒って、ないの?」
「怒るわけないじゃん! むしろ、感動した。……ねえ、やっぱり君しかいない」
一ノ瀬くんは、ようやく捕まえたスマホをポケットに(無理やり)押し込むと、私の両手をがっしりと握った。
彼の体温が、指先から伝わってきて、私の心拍数が再びレッドゾーンに突入する。
「如月カンナさん。僕のチームに入ってほしい」
「チ、チーム……?」
「ああ。近々、この学校で大きなイベントがあるんだ。『学園祭・発明王決定戦』。優勝すれば、どんな願いも一つだけ叶えてもらえるっていう、非公式だけど伝統ある勝負。僕には、君のその力が必要なんだ」
一ノ瀬くんの目は真剣だった。
王子様が、私を必要としている。
メカオタクで、恋のバグに弱い、この私を。
「……ミッション、受諾(アクセプト)します」
私は、顔が真っ赤になるのを隠すように、工具バッグをぎゅっと抱きしめた。
「その代わり、私の改造は、遠慮も容赦もしないから。……覚悟してよね、王子様」
「ふふ、望むところだよ」
夕陽に染まる校舎裏で、私たちは(一方的に)契約を交わした。
私の脳内コンピュータは、今までにない複雑な計算を始めている。
一ノ瀬湊という未知のデバイスを、どうプロデュースするか。
そして、この胸のバグ――「恋」という名前の未解決事件を、どう修理するか。
恋の回路図は、まだ真っ白だ。
でも、私のツールバッグには、未来を切り拓くための道具が全部詰まっている。
「爆走メカニカル・シンデレラ、如月カンナ……行きます!」
こうして、私の前代未聞な「恋のオーバーホール」が、ガシャンと大きな音を立てて動き出した。
つづく
「よし……。バイパス接続完了。回路、オールグリーン。……起動!」
放課後の旧校舎裏。人気のない自動販売機の前で、私、如月カンナは愛用のマルチドライバーを片手に、満足げな吐息をついた。
ガコン、という重低音とともに、死んでいたはずの自販機のボタンにパッと明かりが灯る。
「ふふ、ふふふ……。やっぱりね。メイン基盤のハンダが浮いてただけじゃない。私の手にかかれば、この程度の『沈黙』、三十秒で解決よ」
私の名前は如月カンナ。中学二年生。
趣味、機械いじり。特技、あらゆる精密機器のオーバーホール。
好きな言葉は「完全修復」と「最大出力」。
放課後の時間は、誰にも邪魔されずに機械と対話するための聖域だ。
今日も、この十円玉を飲み込むだけで何も出さなくなった「鉄の箱」に新しい命を吹き込んであげたところ。
「さて、報酬として……一番高い『濃厚つぶ入りコーンポタージュ』をいただこうかな。もちろん、ちゃんと自分のお金でね」
私がポケットから百六十円を取り出そうとした、その時だった。
「……すごいな。それ、君が直したの?」
背後から降ってきたのは、まるで高級なチェロの低音のような、鼓膜を心地よく震わせる声。
私の脳内CPUが、一瞬で「未知の外部入力」を検知してフリーズした。
「え……?」
おそるおそる振り返る。
そこには、夕陽を背負ってキラキラと輝く、この世のものとは思えないほど整った顔立ちの男子が立っていた。
さらさらと揺れるミルクティー色の髪。
吸い込まれそうなほど澄んだ瞳。
すらりと伸びた背筋に、少し着崩した制服。
間違いない。この学校の全女子が「推し」として崇める、学園の王子様――一ノ瀬湊くんだ。
「あ、あ……あ……」
私の口が、まるで接触不良のモーターみたいに意味をなさない音を繰り返す。
ヤバい。
一ノ瀬湊。
偏差値七十超え、運動神経抜群、顔面国宝。
対する私。
ツナギ(放課後用)、油汚れのついた頬、工具だらけの重たいバッグ。
……スペックの差が、天と地どころか、スーパーコンピュータと電卓くらい違う!
「驚かせてごめん。ずっと見てたんだ。君が迷いなく配線をつなぎ替えるところ」
一ノ瀬くんが、一歩、歩み寄ってくる。
その瞬間、私の胸の中で異常事態が発生した。
ドクン、ドクン、ドクン!
(な、なに……!? 心拍数が、通常時の二・五倍に急上昇……。胸部中央に激しい熱源を感知。これは……オーバーヒート? それとも、強力な電磁波による内部回路のショート!?)
「あ、あの……! これは、その! 私はただ、自販機の効率的な稼働を助けていただけであって、決して不法なハッキングを試みていたわけでは……!」
「あはは、わかってるよ。君、有名だもんね。『放課後のメカニック』如月さん」
彼は、眩しすぎる笑顔でそう言った。
……私の名前を知っている?
王子様が、ただの「機械オタク」の私の名前を?
その瞬間、私の脳内の警告アラートが最大音量で鳴り響いた。
【緊急事態:論理回路、強制終了(シャットダウン)します】
2. 王子様の「バグ」と、私の「暴走」
「実はさ、君にお願いがあるんだ」
一ノ瀬くんは、困ったように眉を下げて、自分のスマホを差し出してきた。
見ると、画面は真っ暗。それどころか、カメラレンズの部分がなぜか妙な角度でひん曲がっている。
「これ、昨日階段で落としちゃって。ショップに持っていったら『基盤が死んでるからデータは諦めてください』って言われちゃったんだ。でも、どうしても取り出したい写真があって……」
「……データの復旧?」
機械の話になった途端、私のパニックに陥っていた脳が、急に冷徹な「プロモード」に切り替わった。
私は無意識に、彼のスマホをひったくるように手に取った。
「ふむ……。外装の損傷はレベル三。液晶パネルの破損は表面のみ。問題は内部のフラッシュメモリへの通電経路ね。おそらく電源回路のチップ抵抗が衝撃で脱落してる。……直せるわ」
「えっ、本当!?」
「当たり前よ。私を誰だと思ってるの? 私は如月カンナ。直せないのは『割れた卵』と『終わった恋』くらいよ!」
……口が滑った。
変なカッコつけ方をしてしまった。
でも、一ノ瀬くんは驚いた顔をした後、今日一番の笑顔で「かっこいいな、如月さんは」と言った。
カチッ。
私の中で、何かのスイッチが入る音がした。
かっこいい。
そんな言葉、今までレンチやスパナにしか向けられたことがなかった。
嬉しくて、恥ずかしくて、どうしようもなくて。
私の「完璧じゃない一面」――「極度の緊張による魔改造癖」が、ついに暴発した。
「よし、任せて! ついでに、使いにくいこの機種の弱点も全部アップデートしてあげるわ!」
「え? いや、データだけでいいんだけど……」
「だめよ! 機械は常に最適化されるべきなの! ドライバ、オン! ハンダごて、加熱開始!」
私はバッグから小型のポータブルバッテリーと超音波カッターを取り出し、猛烈な勢いで一ノ瀬くんのスマホを分解し始めた。
手元が火花を散らす。
私の指は、もはや私自身の意志を超えて、光速のタクトを振る指揮者のように動き回る。
(……あ。マズい。手が止まらない!)
緊張すればするほど、私の工作精度は上がってしまう。
そして、余計な機能を追加せずにはいられない。
一ノ瀬くんのスマホに、予備のセンサーチップを埋め込み、アンテナの感度を三倍に強化し、さらに——。
「……できたわ」
五分後。
私は、元の姿とは似ても似つかぬ「何か」を、彼に差し出した。
「はい、修理完了。データも全部復旧しておいたから」
「ありがとう! ……って、あれ? なんだか僕のスマホ、厚みが増してない? あと、この背面に付いてるプロペラみたいなのは……」
「それは『自律安定型・自動追尾プロペラ』よ。手が滑って落としそうになっても、センサーが感知して空中停止(ホバリング)するわ」
「え……?」
一ノ瀬くんがスマホを手に取った瞬間、スマホが「ピピッ!」と鳴り、彼の手からフワリと浮き上がった。
そして、彼の顔の周りを、まるで忠実な小型ドローンのようにくるくると回り始めたのだ。
「うわああっ!? 浮いた! スマホが飛んでる!?」
「……あ。やりすぎた」
私はようやく、自分のしでかしたことの重大さに気づいた。
王子様の、高価な最新型スマホを、勝手に「空飛ぶ怪しい物体」に変造してしまった。
嫌われる。
変態だと思われる。
あぁ、私の恋(というか、ただの憧れ)が、離陸と同時に墜落していく音がする……。
3. 未知なるミッションの幕開け
「……すごい」
絶望に打ちひしがれる私に、一ノ瀬くんが声をかけた。
彼は、空飛ぶスマホを必死に捕まえようと格闘しながら、瞳を輝かせていた。
「すごいよ、如月さん! こんなの、世界中のどこを探しても売ってない! 君は、魔法使いか何かなの?」
「え……? 怒って、ないの?」
「怒るわけないじゃん! むしろ、感動した。……ねえ、やっぱり君しかいない」
一ノ瀬くんは、ようやく捕まえたスマホをポケットに(無理やり)押し込むと、私の両手をがっしりと握った。
彼の体温が、指先から伝わってきて、私の心拍数が再びレッドゾーンに突入する。
「如月カンナさん。僕のチームに入ってほしい」
「チ、チーム……?」
「ああ。近々、この学校で大きなイベントがあるんだ。『学園祭・発明王決定戦』。優勝すれば、どんな願いも一つだけ叶えてもらえるっていう、非公式だけど伝統ある勝負。僕には、君のその力が必要なんだ」
一ノ瀬くんの目は真剣だった。
王子様が、私を必要としている。
メカオタクで、恋のバグに弱い、この私を。
「……ミッション、受諾(アクセプト)します」
私は、顔が真っ赤になるのを隠すように、工具バッグをぎゅっと抱きしめた。
「その代わり、私の改造は、遠慮も容赦もしないから。……覚悟してよね、王子様」
「ふふ、望むところだよ」
夕陽に染まる校舎裏で、私たちは(一方的に)契約を交わした。
私の脳内コンピュータは、今までにない複雑な計算を始めている。
一ノ瀬湊という未知のデバイスを、どうプロデュースするか。
そして、この胸のバグ――「恋」という名前の未解決事件を、どう修理するか。
恋の回路図は、まだ真っ白だ。
でも、私のツールバッグには、未来を切り拓くための道具が全部詰まっている。
「爆走メカニカル・シンデレラ、如月カンナ……行きます!」
こうして、私の前代未聞な「恋のオーバーホール」が、ガシャンと大きな音を立てて動き出した。
つづく