『爆走!メカニカル・シンデレラ 〜恋のバグは、無敵のガジェットでも直せません!〜』
第8話∶銀の嵐と、壊れた約束 〜完璧(パーフェクト)のその先へ〜
1. 抹消のコード、愛のノイズ
「……ターゲット、確認。如月カンナ。……抹消を開始する」
地下室のスピーカーから響いたのは、間違いなく一ノ瀬湊くんの声だった。けれど、その響きにはいつもの温かさが微塵もない。まるで、冷たい氷の板を爪で引っ掻いたような、感情を削ぎ落とした機械の音声。
目の前に立ち塞がるのは、純白の装甲に身を包んだ、私によく似た形の機械兵――『シンデレラ・レプリカ』。その手には、私が奪われたはずの愛用のレンチが、無慈悲な武器として握られていた。
「湊くん、嘘でしょ……? 冗談だって言ってよ!」
私は叫んだ。けれど、レプリカは容赦なく踏み込んでくる。ガキン! と重い金属音が響き、レンチが床を叩いて火花が散る。あと数センチずれていたら、私の頭は粉砕されていただろう。
「……無駄だよ。彼の心は、もう書き換え(フォーマット)された。今の湊様は、学園の正当なる後継者。君のような『欠陥品(バグ)』に構っている暇はないんだ」
暗闇から現れたのは、月明かりを凍らせたようなシルバーヘアの美少女。学園の「特別風紀維持部隊」を裏で操る、湊くんの婚約者候補――皇(すめらぎ)エリカだ。彼女は最新型のタブレットを華麗に操り、レプリカに次々と残酷な攻撃命令を送り込んでいく。
「初めまして、如月カンナ。私はエリカ。君が失敗した『プロジェクトZ』の完成形……。この学園を管理する、真のメインプログラムよ」
「……完成形? 私が、失敗した?」
「そう。君は感情に流されすぎる。機械を愛し、人を愛し、バグを愛した。だから……捨てられたのよ。十年前、この地下室でね」
エリカの言葉とともに、私の脳裏に「ノイズだらけの記憶」が奔流となって流れ込んできた。
幼い私と、湊くん。
二人で一つのロボットを作ろうとして、私が「これじゃ、ロボットが寂しがるよ」と余計な感情プログラムを入れて、爆発事故を起こしたあの日。
……私は、自らの「優しさ」という名のバグゆえに、この場所から追放されたのだ。
2. ヘアピン一本の反撃
レプリカの猛攻が続く。道具はない。味方もいない。
でも、私の指先には、あの時湊くんがくれた「ギアの形のヘアピン」が握られていた。
(……信じて。僕の『真のパスワード』を。……銀色の、五ミリの隙間)
湊くんが残した不可解なメッセージ。私はレプリカの動きを必死に観察した。
エリカの操るマシンは、完璧だ。無駄がない。美しすぎるほどに。
……けれど、完璧すぎるものは、たった一つの異物に弱い。
「……待って。この動きの『揺れ』……どこかで……」
レプリカが振り下ろすレンチのタイミング。それは、正確なマシンのリズムではない。微かに、でも情熱的に刻まれる、あの120ビート。
(これ、湊くんの心拍数(リズム)だわ……!)
湊くんは、自分の意識を奪われる直前、レプリカの基本制御OSに自分の心臓の鼓動を同期させていたんだ。私が気づくことを信じて。
「……見つけたわ。そこね!」
レプリカがレンチを振り上げた瞬間、私はわざと死角へ飛び込んだ。
「死にたいの!?」とエリカが叫ぶ。
私は、レプリカの首元、装甲が重なり合う「わずか五ミリの隙間」に、ギアのヘアピンを力任せに突き刺した。
「――私の恋を、バグ扱いしないで!!」
バチバチッ!
ヘアピンが内部回路を物理的にショートさせる。
林間学校の夜、湊くんが私の時計を「温かい赤だ」と言ってくれた、あの熱量を指先に込めて。
この「五ミリの隙間」は、私がかつてこの地下室で犯した設計ミス。エリカはそれを「無能の証」として放置した。でも、湊くんは知っていた。そのミスこそが、外の世界とこの冷たい実験室を繋ぐ、唯一の「愛の入り口(バックドア)」であることを!
レプリカがガクガクと震え、動きを止める。
同時に、私のヘアピンを通じて、マシンの記録メモリが脳内に逆流してきた。
そこにあったのは、湊くんの「本当の声」だった。
『……カンナさん。ごめん。君を傷つけなきゃ、理事長は納得しない。……でも、このマシンのOSには、僕の本当の想いを隠してある。……聞こえるかい? 僕が君を呼ぶ音が。……君に、触れたいと願う僕のわがままが』
「……湊くん、バカ。大バカよ……!」
涙が止まらない。彼は、冷徹な振りをしながら、自分の魂をこのマシンに託していた。私がいつか、この隙間に手を伸ばしてくれることを信じて。
3. シルバーヘアの絶望、ヒロインの覚醒
「……そんな、ありえない! 私の計算に、間違いはなかったはずよ!」
エリカが、狂ったようにタブレットを叩く。
「なぜ動かないの!? 抹消しろ! その泥臭い女を、今すぐ消去しなさい!」
「エリカさん。機械はね……命令(コード)だけじゃ動かないの」
私は立ち上がり、ボロボロになったツナギの裾を強く握った。
「信頼と、思い出と……少しの『遊び(バグ)』がなきゃ、最高のパフォーマンスは出せない。……それを教えてくれたのは、一ノ瀬湊っていう、世界で一番おせっかいで、最高にイケメンな王子様よ!」
私は、停止したレプリカから自分のレンチを奪い返した。
手に馴染む、冷たくて温かい感触。魂が、指先に戻ってくる。
「シオン! 七海! 雷太! 今すぐこの座標に『全開のラブソング』を叩き込んで!!」
インカムに向かって、私は持てる限りの声で叫んだ。
『待たせたな、カンナ! サーバーの壁、10秒でぶち抜いたぜ!』
シオンの指が光速で踊り、エリカの管理ドメインを粉砕していく。
『カンナっち、最高にかっこいい! ほら、光の演出、いくわよ! 王子に相応しいステージをね!』
七海がジャックした学園中のプロジェクターが、暗い地下室を鮮やかな「推しカラー」――情熱のピンクに染め上げる。
『ド派手にいくぜ! 妨害電波、大爆発だあああ! 恋愛禁止のルールごと吹き飛ばしてやるぜ!』
雷太の仕掛けたノイズ爆弾が、エリカの通信網を完全に沈黙させた。
「……カスタム部、推参(アクセプト)!」
背後に現れた、頼もしい仲間たちの影。
私は、奪い返したレンチをエリカに向け、力強く宣言した。
「エリカさん。あなたの『完璧』、私が今からオーバーホールしてあげる!」
4. 理事長室の対決:上書きされる運命
私たちは、崩れ落ちるエリカを置き去りにして、最上階の理事長室へと駆け上がった。
重厚な扉を蹴り開けると、そこには椅子に拘束され、瞳から光を失った湊くんと、彼を冷たく見下ろす老人――理事長がいた。
「湊くん!!」
「……カンナ、さん……来るな……っ。僕はもう、壊れて……」
湊くんの声は掠れ、瞳には「プロジェクトZ」の強制催眠を示す銀色の紋章が浮かんでいる。
理事長が、低く不快な笑い声を上げた。
「無駄だ。彼はすでに、学園の秩序を守るための『理想的な部品』となった。感情などというゴミは、我が手によって除去済みだ」
「ゴミじゃない。……それは、私と彼が積み上げてきた、最高のプログラムよ!」
私は、警備ロボットの攻撃をレンチ一本で弾き飛ばしながら、湊くんの目の前に歩み寄った。そして、自分の汚れた両手で、彼の冷え切った頬を包み込んだ。
油の匂い。ハンダの匂い。そして、私が流した涙の熱。
「……湊くん。覚えてる? 第1話で、私があなたのスマホに『空飛ぶプロペラ』をつけた時。……あの時、あなたは『魔法使いみたいだ』って笑ってくれた。あの笑顔があったから、私は自分を好きになれたの」
湊くんの銀色の瞳が、微かに、激しく揺れる。
「第6話で、山の中の暗闇で手を繋いだ時。……あなたは私の心臓の音を、『温かい赤だ』って言ってくれた。……その思い出まで、ゴミだなんて絶対に言わせない! 私が今、それを真実だと証明してあげる!」
私は、湊くんの鼻先が触れるほどの至近距離で、彼にしか聞こえない震える声で囁いた。
「……アクセス、許可。キーワードは……『シンデレラのわがまま』。……私だけを見て、湊くん」
その瞬間。
湊くんを縛っていた電子ロックが、カチリと音を立てて外れた。
いや、外れたんじゃない。湊くん自身の心が、内部から「恋」という名の過電流を爆発させて、システムを物理的に焼き切ったのだ。
「……ああ、そうだね。……君の改造は、いつだって、僕の想像を超えてくる」
湊くんの瞳から銀色の紋章が消え、いつもの、私を溶かすような優しい光が戻った。彼は拘束を振りほどくと、私を折れそうなほど強く抱きしめた。
「……アップデート、完了だ。おじい様。……僕は、学園の王(部品)になんてならない。……僕は、如月カンナっていう、世界一型破りな女の子の『専属プロデューサー』になるんだ」
5. 伏線回収:十二話へのプレリュード
理事長室の巨大な窓が、強風で吹き飛ぶ。夜空には、エリカが呼び出した無数の迎撃ドローンが不気味に浮遊していた。しかし、そのドローンたちの動きが、一斉に停止する。
「……な、何!? なぜコントロールできないの!? 私の『完璧なAI』が!」
逃げ出そうとしていたエリカが、モニターを見て絶叫した。
「……エリカ。君が第7話で盗んだ僕のスマホのデータ。……あれには、カンナさんが仕込んだ『隠し爆弾(ハート・ウイルス)』が入っていたんだよ」
湊くんが、私を抱き寄せたまま、不敵に笑う。
そう。私は第1話の時から、もし湊くんが悪い奴らに捕まったり、私を忘れたりした時のために、学園中の機械を「お祭り騒ぎ」にするためのウイルスを……「好き」という感情を物理的なコードに変換して仕込んでいたのだ。
「全ドローン、モード変更!……『祝福の花火』になれ!」
私が指を鳴らすと、ドローンたちが夜空に一斉に整列した。そして、巨大なハートマークと、回転するギアの形を描いて、七色に発光し始めた。
学園中の生徒たちが、窓からその光景を見て「すごい!」「綺麗!」と歓声を上げている。
「……負けたわ。機械に……愛を込めるなんて、そんなの、私のロジックにはなかった……」
エリカがその場に崩れ落ちる。
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
理事長が、崩れ落ちる机の中から、真っ黒な『最終起動キー』を取り出した。
「……よかろう。ならば、この学園そのものを巨大な『零号機』として再起動させ、すべてを無に帰してやる。……如月カンナ、お前の愛とやらで、この学園規模の『死のプログラム』をデバッグしてみせろ!」
地響きとともに、校舎が、時計塔が、変形(トランスフォーム)を開始する。
物語は、ついに最終局面――学園を救うための総力戦へと突入した。
「……望むところよ! 湊くん、私のバッグを!」
「はい、僕のお嬢様。……最高のオーバーホール、始めようか」
二人の手が重なり、冷たい鋼の学園を温かい恋の色で塗り替えるための、究極のチューニングが始まった。
つづく
「……ターゲット、確認。如月カンナ。……抹消を開始する」
地下室のスピーカーから響いたのは、間違いなく一ノ瀬湊くんの声だった。けれど、その響きにはいつもの温かさが微塵もない。まるで、冷たい氷の板を爪で引っ掻いたような、感情を削ぎ落とした機械の音声。
目の前に立ち塞がるのは、純白の装甲に身を包んだ、私によく似た形の機械兵――『シンデレラ・レプリカ』。その手には、私が奪われたはずの愛用のレンチが、無慈悲な武器として握られていた。
「湊くん、嘘でしょ……? 冗談だって言ってよ!」
私は叫んだ。けれど、レプリカは容赦なく踏み込んでくる。ガキン! と重い金属音が響き、レンチが床を叩いて火花が散る。あと数センチずれていたら、私の頭は粉砕されていただろう。
「……無駄だよ。彼の心は、もう書き換え(フォーマット)された。今の湊様は、学園の正当なる後継者。君のような『欠陥品(バグ)』に構っている暇はないんだ」
暗闇から現れたのは、月明かりを凍らせたようなシルバーヘアの美少女。学園の「特別風紀維持部隊」を裏で操る、湊くんの婚約者候補――皇(すめらぎ)エリカだ。彼女は最新型のタブレットを華麗に操り、レプリカに次々と残酷な攻撃命令を送り込んでいく。
「初めまして、如月カンナ。私はエリカ。君が失敗した『プロジェクトZ』の完成形……。この学園を管理する、真のメインプログラムよ」
「……完成形? 私が、失敗した?」
「そう。君は感情に流されすぎる。機械を愛し、人を愛し、バグを愛した。だから……捨てられたのよ。十年前、この地下室でね」
エリカの言葉とともに、私の脳裏に「ノイズだらけの記憶」が奔流となって流れ込んできた。
幼い私と、湊くん。
二人で一つのロボットを作ろうとして、私が「これじゃ、ロボットが寂しがるよ」と余計な感情プログラムを入れて、爆発事故を起こしたあの日。
……私は、自らの「優しさ」という名のバグゆえに、この場所から追放されたのだ。
2. ヘアピン一本の反撃
レプリカの猛攻が続く。道具はない。味方もいない。
でも、私の指先には、あの時湊くんがくれた「ギアの形のヘアピン」が握られていた。
(……信じて。僕の『真のパスワード』を。……銀色の、五ミリの隙間)
湊くんが残した不可解なメッセージ。私はレプリカの動きを必死に観察した。
エリカの操るマシンは、完璧だ。無駄がない。美しすぎるほどに。
……けれど、完璧すぎるものは、たった一つの異物に弱い。
「……待って。この動きの『揺れ』……どこかで……」
レプリカが振り下ろすレンチのタイミング。それは、正確なマシンのリズムではない。微かに、でも情熱的に刻まれる、あの120ビート。
(これ、湊くんの心拍数(リズム)だわ……!)
湊くんは、自分の意識を奪われる直前、レプリカの基本制御OSに自分の心臓の鼓動を同期させていたんだ。私が気づくことを信じて。
「……見つけたわ。そこね!」
レプリカがレンチを振り上げた瞬間、私はわざと死角へ飛び込んだ。
「死にたいの!?」とエリカが叫ぶ。
私は、レプリカの首元、装甲が重なり合う「わずか五ミリの隙間」に、ギアのヘアピンを力任せに突き刺した。
「――私の恋を、バグ扱いしないで!!」
バチバチッ!
ヘアピンが内部回路を物理的にショートさせる。
林間学校の夜、湊くんが私の時計を「温かい赤だ」と言ってくれた、あの熱量を指先に込めて。
この「五ミリの隙間」は、私がかつてこの地下室で犯した設計ミス。エリカはそれを「無能の証」として放置した。でも、湊くんは知っていた。そのミスこそが、外の世界とこの冷たい実験室を繋ぐ、唯一の「愛の入り口(バックドア)」であることを!
レプリカがガクガクと震え、動きを止める。
同時に、私のヘアピンを通じて、マシンの記録メモリが脳内に逆流してきた。
そこにあったのは、湊くんの「本当の声」だった。
『……カンナさん。ごめん。君を傷つけなきゃ、理事長は納得しない。……でも、このマシンのOSには、僕の本当の想いを隠してある。……聞こえるかい? 僕が君を呼ぶ音が。……君に、触れたいと願う僕のわがままが』
「……湊くん、バカ。大バカよ……!」
涙が止まらない。彼は、冷徹な振りをしながら、自分の魂をこのマシンに託していた。私がいつか、この隙間に手を伸ばしてくれることを信じて。
3. シルバーヘアの絶望、ヒロインの覚醒
「……そんな、ありえない! 私の計算に、間違いはなかったはずよ!」
エリカが、狂ったようにタブレットを叩く。
「なぜ動かないの!? 抹消しろ! その泥臭い女を、今すぐ消去しなさい!」
「エリカさん。機械はね……命令(コード)だけじゃ動かないの」
私は立ち上がり、ボロボロになったツナギの裾を強く握った。
「信頼と、思い出と……少しの『遊び(バグ)』がなきゃ、最高のパフォーマンスは出せない。……それを教えてくれたのは、一ノ瀬湊っていう、世界で一番おせっかいで、最高にイケメンな王子様よ!」
私は、停止したレプリカから自分のレンチを奪い返した。
手に馴染む、冷たくて温かい感触。魂が、指先に戻ってくる。
「シオン! 七海! 雷太! 今すぐこの座標に『全開のラブソング』を叩き込んで!!」
インカムに向かって、私は持てる限りの声で叫んだ。
『待たせたな、カンナ! サーバーの壁、10秒でぶち抜いたぜ!』
シオンの指が光速で踊り、エリカの管理ドメインを粉砕していく。
『カンナっち、最高にかっこいい! ほら、光の演出、いくわよ! 王子に相応しいステージをね!』
七海がジャックした学園中のプロジェクターが、暗い地下室を鮮やかな「推しカラー」――情熱のピンクに染め上げる。
『ド派手にいくぜ! 妨害電波、大爆発だあああ! 恋愛禁止のルールごと吹き飛ばしてやるぜ!』
雷太の仕掛けたノイズ爆弾が、エリカの通信網を完全に沈黙させた。
「……カスタム部、推参(アクセプト)!」
背後に現れた、頼もしい仲間たちの影。
私は、奪い返したレンチをエリカに向け、力強く宣言した。
「エリカさん。あなたの『完璧』、私が今からオーバーホールしてあげる!」
4. 理事長室の対決:上書きされる運命
私たちは、崩れ落ちるエリカを置き去りにして、最上階の理事長室へと駆け上がった。
重厚な扉を蹴り開けると、そこには椅子に拘束され、瞳から光を失った湊くんと、彼を冷たく見下ろす老人――理事長がいた。
「湊くん!!」
「……カンナ、さん……来るな……っ。僕はもう、壊れて……」
湊くんの声は掠れ、瞳には「プロジェクトZ」の強制催眠を示す銀色の紋章が浮かんでいる。
理事長が、低く不快な笑い声を上げた。
「無駄だ。彼はすでに、学園の秩序を守るための『理想的な部品』となった。感情などというゴミは、我が手によって除去済みだ」
「ゴミじゃない。……それは、私と彼が積み上げてきた、最高のプログラムよ!」
私は、警備ロボットの攻撃をレンチ一本で弾き飛ばしながら、湊くんの目の前に歩み寄った。そして、自分の汚れた両手で、彼の冷え切った頬を包み込んだ。
油の匂い。ハンダの匂い。そして、私が流した涙の熱。
「……湊くん。覚えてる? 第1話で、私があなたのスマホに『空飛ぶプロペラ』をつけた時。……あの時、あなたは『魔法使いみたいだ』って笑ってくれた。あの笑顔があったから、私は自分を好きになれたの」
湊くんの銀色の瞳が、微かに、激しく揺れる。
「第6話で、山の中の暗闇で手を繋いだ時。……あなたは私の心臓の音を、『温かい赤だ』って言ってくれた。……その思い出まで、ゴミだなんて絶対に言わせない! 私が今、それを真実だと証明してあげる!」
私は、湊くんの鼻先が触れるほどの至近距離で、彼にしか聞こえない震える声で囁いた。
「……アクセス、許可。キーワードは……『シンデレラのわがまま』。……私だけを見て、湊くん」
その瞬間。
湊くんを縛っていた電子ロックが、カチリと音を立てて外れた。
いや、外れたんじゃない。湊くん自身の心が、内部から「恋」という名の過電流を爆発させて、システムを物理的に焼き切ったのだ。
「……ああ、そうだね。……君の改造は、いつだって、僕の想像を超えてくる」
湊くんの瞳から銀色の紋章が消え、いつもの、私を溶かすような優しい光が戻った。彼は拘束を振りほどくと、私を折れそうなほど強く抱きしめた。
「……アップデート、完了だ。おじい様。……僕は、学園の王(部品)になんてならない。……僕は、如月カンナっていう、世界一型破りな女の子の『専属プロデューサー』になるんだ」
5. 伏線回収:十二話へのプレリュード
理事長室の巨大な窓が、強風で吹き飛ぶ。夜空には、エリカが呼び出した無数の迎撃ドローンが不気味に浮遊していた。しかし、そのドローンたちの動きが、一斉に停止する。
「……な、何!? なぜコントロールできないの!? 私の『完璧なAI』が!」
逃げ出そうとしていたエリカが、モニターを見て絶叫した。
「……エリカ。君が第7話で盗んだ僕のスマホのデータ。……あれには、カンナさんが仕込んだ『隠し爆弾(ハート・ウイルス)』が入っていたんだよ」
湊くんが、私を抱き寄せたまま、不敵に笑う。
そう。私は第1話の時から、もし湊くんが悪い奴らに捕まったり、私を忘れたりした時のために、学園中の機械を「お祭り騒ぎ」にするためのウイルスを……「好き」という感情を物理的なコードに変換して仕込んでいたのだ。
「全ドローン、モード変更!……『祝福の花火』になれ!」
私が指を鳴らすと、ドローンたちが夜空に一斉に整列した。そして、巨大なハートマークと、回転するギアの形を描いて、七色に発光し始めた。
学園中の生徒たちが、窓からその光景を見て「すごい!」「綺麗!」と歓声を上げている。
「……負けたわ。機械に……愛を込めるなんて、そんなの、私のロジックにはなかった……」
エリカがその場に崩れ落ちる。
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
理事長が、崩れ落ちる机の中から、真っ黒な『最終起動キー』を取り出した。
「……よかろう。ならば、この学園そのものを巨大な『零号機』として再起動させ、すべてを無に帰してやる。……如月カンナ、お前の愛とやらで、この学園規模の『死のプログラム』をデバッグしてみせろ!」
地響きとともに、校舎が、時計塔が、変形(トランスフォーム)を開始する。
物語は、ついに最終局面――学園を救うための総力戦へと突入した。
「……望むところよ! 湊くん、私のバッグを!」
「はい、僕のお嬢様。……最高のオーバーホール、始めようか」
二人の手が重なり、冷たい鋼の学園を温かい恋の色で塗り替えるための、究極のチューニングが始まった。
つづく