前世で死に別れた忍者に、現代で溺愛婚を申し込まれました
 日向様の家は顔認証機能付きで、家の前に立つと自動でドアが開いた。ドアを閉めると、自動で施錠された。
 ハイテクな仕様には、まだ慣れない。
 
 わたしはさっそく持ってきた割烹着に袖を通し、キッチンに立った。広々とした夢のようなキッチンだ。料理のしがいがある。

 ワクワクしながら、わたしは戸棚にあった土鍋を使って、お米を炊いた。肉じゃがとだし巻き卵、きゅうりの和え物を作った。

「うっまそー!」
 
 料理を並べると、カナちゃんが歓喜の声を上げた。わたしも嬉しくなって「どうぞ、召し上がれ」と言う。

「あ、日向に写真、送って自慢しよっ」
 
 カナちゃんはスマートフォンを取り出して、写真を何枚も撮った。そして器用に両手の親指を動かして、メッセージを送信する。
 
「よしっ。食べよ」
「う、うん」
 
 カナちゃんと横並びになり、ライトアップされた日本庭園を眺めながら食事をする。景色がいいと、目の前の料理が一段と美味しく感じる。
 
「くうう、うっめー!」
 
 カナちゃんが喜んでものすごい勢いで食べてくれる。それにクスクス笑っていると、カナちゃんのスマートフォンがピコンと鳴った。
 カナちゃんは箸を箸置きに置くと、スマートフォンを手にして「ぶっ」と噴き出した。
 
「どうしたんですか?」
「くくくっ。日向のやつ、めっちゃ嫉妬してる」
「え?」
 
 カナちゃんはにやにやしながら、スマートフォンを見せてくれた。そこには日向様からのメッセージが表示されていた。

『なぜ、お前が俺より先に初音の料理を食べているんだ。俺の分は?』

 パッと内容が頭に入って、鼓動がどんどん早くなっていく。

(わたしの料理、食べたがってくれるんだ……)

 嬉しさをそっと隠していると、カナちゃんがにやにやしながらスマートフォンを操作した。

「ないよーって、返事してやろっ」
「えっ。あ、日向様が帰ってきたら、作ります!」

 咄嗟に言うと、カナちゃんがメッセージを打ち終わって、歯を見せて笑った。

「なら、そう打ったら? ほら、スマートフォン」
 
 スマートフォンを渡され画面を見ると、メッセージが進んでいた。

『全部、オレが食べた』
『は?』
『日向は今日、帰ってこないだろー。残念だったなあ』
『……覚えてろ』

 怒りがこもったメッセージが来ている。

(わあ、わああっ)

 わたしは慌ててメッセージを打った。

『初音です。こんばんは。日向様が帰ってきたら料理を作ります。』

 打ち込むと、すぐさま返事が来る。

『初音? カナタ、初音のふりしてるのか?』
 
 どうやらわたしだと信じてもらえないらしい。

「日向のやつ、疑ってんなー。そうだ。写真送ってやろー」
 
 カナちゃんはわたしからスマートフォンをひょいと取り上げると、わたしの肩に腕を回してきた。びっくりしたけど、スマートフォンを持ったまま腕を伸ばして「笑って!」と言われてしまった。
 シャッター音もなく写真が撮られ、カナちゃんが撮れた写真を見せてくれる。

「うん。可愛く撮れた」
 
 満足そうに笑って、カナちゃんはメッセージを送った。するとピリリッと電話の着信音が鳴った。

「電話?」
「うん。もしもしー。どうしたー。え? なんでそんなに怒ってるんだ? こっわ。はいはい、初音ちゃんに代わるよー。日向からだって」
 
 カナちゃんからスマートフォンを渡され、耳につけた。

「……もしもし」
「ああ、初音か」
 
 ほっとしたような低いくぐもった声が聞こえ、ドキドキが増した。
 
「カナタと買い物を楽しんできたようだな」
「はい……とっても楽しく過ごしました」
「……そうか。言い忘れていたが、カナタはああ見えて男だ」
「――え?」
 
 わたしは思わずカナちゃんを見た。ポニテールの可愛らしい女の子が、にぱっと笑っている。

「おとこのひと?」
「女装が趣味だ」
「……な、なるほど」
「だからな。……あまりカナタとベタベタするな」
 
 かすれたような声が聞こえ、一瞬、何を言っているのか分からなかった。ただ心臓の音が大きく弾む。

「カナタも男なんだ。……俺は、嫌だ。あいつは距離をぐいぐい詰めてくるから」
「え? なになにー? オレのこと?」
「きゃっ!」
 
 急にカナちゃんが、じゃれつくようにわたしに抱きついてきた。思わず悲鳴を上げると、日向様の怒鳴り声がスマートフォンから響く。

「おい、カナタ! 初音に何してんだ!」
「えへへ。初音ちゃんとハグしてんの」
「あぁ?」
「オレと初音ちゃん、仲良しだもん」
「……後でぶっ飛ばす」
「そんなに怒んなって。仕事終わらせて、さっさと帰ってくればいいじゃん。じゃーな」
「あ、――おいっ!」
 
 カナちゃんはピッと一方的に通話を切ってしまった。

「日向の奴、ちょう慌ててるな」
 
 カナちゃんは楽しそうだけど、わたしはポカンだ。
 
「日向様、お仕事、大丈夫でしょうか」
「大丈夫だって。あんなに元気なんだからさ」
 
 カナちゃんはにっこり笑って、ちょっぴり冷めた肉じゃがをほおばる。
 
「……カナちゃんは、本当に男の人なんですか?」
「そうだよ。性別は男。でも、男とか女とか、あんまり気にしてないかな。自分が好きな格好してるんだ」
 
 そう言うカナちゃんはキラキラしているように見えた。

「成人したし、もう自由でいいっしょと思ってさ。好きにしてる」
 
 わたしの中には存在しなかった発想だった。大人になったから、自由。

(わたし、自分が、我慢すればいいと思っていた)
 
 カナちゃんの考えは、素直に羨ましかった。

「……カナちゃんの考えいいですね。今の格好もとってもお似合いです」
 
 そう笑うと、満面の笑みが返ってくる。

「初音も自由でいいんだよ。大人なんだし!」
「えっ」
「初音はさー。自分の気持ちとか我慢しすぎだと思うな。もっと自由でいいんだよ」
 
 それはわたしの心に爽やかな風を吹かせた。頬が緩んで、はにかんでしまう。
 
「わたし、自由でいたいです」
「だろお! そうこなくっちゃな! オレ、初音だったら、ずーっと一緒にいてもいいな」
「え……?」
「長くいてよ。もっともっと一緒に遊ぼう」
 
 カナちゃんの笑顔は、ありのままのわたしを受け入れてくれているようだった。
 
 男の人だと知って驚いたけれど、カナちゃんはカナちゃんだった。

「わたしも長くここにいたいです」
 
 早く出なくちゃと思っていたけど、その焦りはカナちゃんの笑顔と共にほぐれていった。

 ご飯を食べて、カナちゃんは帰ってしまった。また明日も来てくれるらしい。しかもカナちゃんと若林さんは向かいの家に住んでるそう。
 
「まったなー!」
 
 元気に手を振って、カナちゃんは帰っていった。
 静まり返った部屋に、ぽつんとひとりになった。寂しく感じると思ったが、そんなことはなかった。

 中庭の日本庭園が幻想的でいつまでも見ていられる。足元の床暖房は指先をじんわりあたためてくれる。人の気配がないのに、ここでは孤独を感じなかった。

「不思議だな……」
 
 誰かの目を気にすることがない生活が、こんなにも心を楽にするとは。
 二十三年も生きてきたのに知らなかった。
 わたしは伸びをして、ベッドルームに行った。
 
 朝は整える暇がなかった荷物を紐解く。両親の位牌を取り出して、ベッドの横のチェストの上に置かせてもらう。日向様が帰ってきたら、どこに置いていいか、聞いてみよう。
 ふたりに手を合わせ、今の報告をした。
 
「住み慣れた家じゃないけど、わたし、元気よ。安心してね。青葉を取り戻すから」
 
 優しかった両親の顔を思い出し、ぐっと胸の奥が熱くなる。
 こっちに来てから、わたしは涙もろくなってしまったらしい。目尻に溜まった涙を指で拭い、ふたりに微笑かけ、本棚に目を向けた。
 
 壁一面が棚になっていて多種多様な本が並んでいる。興味津々で近づいて、ある書籍たちに目を留めた。
 
「忍者?」
 
 そこにあったのは忍者関連の書籍だ。歴史、忍術、今年発売された図解まである。

「お借りします……」と呟いて、図解を手に取った。愛嬌のある忍者のキャラクターが忍者とは何かを解説してくれている。
 
(影虎が言っていた『古法十忍』の意味が載っている!)
 
 わたしは、頭の中に流れ込んでくる情報を夢中で整理した。よく分からなかった単語に解説が付いて興奮しながら、あっという間に読んでしまった。

「まだある……」
 
 次は活字ばかりの本だ。出版年を見ると、九年前に出版された本らしい。それは忍者の兵法が書かれていて、のめり込むように読んだ。

「実際の忍者は術を唱えてドロンと消えるものではない……そうね……景虎も消えたり、がまがえるになったりしなかったわ……」
 
 知らなかった忍者の世界に触れて、ふと思う。
 あの時、景虎は何を感じて過ごしていたのだろう。雅姫から見た景虎はいつも優しく、穏やかで正義感にあふれた人だった。読み終わったあと、まだある本に首をひねる。
 
「日向様も忍者が好きなのかしら……?」
 
 そうだったら嬉しい。共通点ができたみたいで、胸が温かくなる。わたしは笑顔で本を読みふけった。
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